中国史には、戦場で圧倒的な武勇を示した猛将から、大軍を自在に動かした名将、
異民族との戦いで版図を広げた将軍、国家存亡の危機を救った武人まで、数多くの武将が登場する。
その活躍の形は一様ではなく、白起や徐達のように大規模な征服戦争を指揮した者もいれば、
衛青・霍去病のように対外戦争で名を上げた者、岳飛や韓世忠のように王朝の防衛を担った者もいた。
本記事では、中国史に名を残した武将たちを
「猛将・豪傑」「知将・総司令官」「宿将・王朝を支えた武将」
「対外・異民族戦の英雄」「国難を救った防衛の名将」「敗将・反乱・悲劇の武将」に分け、
それぞれの生涯や代表的な戦い、歴史上の特徴を紹介する。
猛将・豪傑
| 曹彰 | 後漢末・魏 | 猛獣と素手で格闘したとも伝わる曹操の「黄鬚児」。自ら鮮卑・烏桓討伐に出て北方を震わせた。 |
| 孫堅 | 後漢末 | 各地を転戦し、董卓軍を破って洛陽へ進み、伝国璽を得たとも伝わる「江東の虎」。後に三国時代の呉を建国する孫氏政権の礎を築いた。 |
| 孫策 | 後漢末 | 孫堅の子。わずかな兵を元手に江東を次々と攻略し、二十代で一大勢力を築いた「小覇王」。 |
| 斛律光 | 北斉 | 鷲を一矢で射落として「落雕都督」と呼ばれ、敵国北周からも恐れられた北斉屈指の名将 |
| 蘭欽 | 南朝梁 | 北魏や南方諸勢力との戦いで武功を重ねた武将。敵国に捕らえられても生還した歴戦の将。 |
| 常遇春 | 元末・明初 | 明建国戦争で先鋒を務め続け、「十万の兵があれば天下を横行できる」と豪語したと伝わる、「常十万」と称された猛将。 |
知将・総司令官
| 白起 | 戦国・秦 | 伊闕・鄢郢・長平など秦の大規模戦争を指揮した戦国屈指の将軍。 生涯で大敗を喫しなかったとも評され、長平では趙軍を壊滅させた「人屠」の異名を持つ秦の武安君。 |
| 司馬錯 | 戦国・秦 | 張儀との御前論争で「韓ではなく蜀を取るべき」と主張し、自ら蜀を攻略して秦の国力を一変させた。 |
| 周瑜 | 後漢末 | 曹操の大軍を赤壁で破り、三十代で孫権軍の中心となった「美周郎」。 |
| 曹真 | 魏 | 虎を一矢で射殺して曹操に認められ、虎豹騎を率いた。 のち大司馬として曹魏軍の中枢に立ち、蜀漢・呉への対応を担った。 |
| 慕容紹宗 | 北魏末・東魏 | 爾朱栄の配下から高歓に仕え、侯景の反乱では巧みな用兵でその軍を破るなど、東魏を代表する知将として知られる。 |
| 段韶 | 東魏・北斉 | 高歓から高緯まで北斉政権を支え続け、病を押して出陣するほど軍事の中核を担った宿将。 |
| 宇文憲 | 北周 | 『周書』に「智勇冠世」と評され、北斉攻略でも活躍しながら、従兄の宣帝に警戒され殺された名将 |
| 陳慶之 | 南朝梁 | わずか七千の白袍軍を率いて北伐し、連戦連勝の末に洛陽へ入った伝説的な将軍。 |
| 徐達 | 元末・明初 | 百万規模へ膨張した明軍の頂点に立ち、元の大都を攻略してモンゴル勢力を北へ追った。 |
宿将・王朝を支えた武将
| 蒙驁 | 戦国・秦 | 昭襄王から始皇帝まで秦に仕え、韓・魏・趙から次々と城を奪って東進を支えた蒙氏三代の祖。 |
| 秦朗 | 魏 | 曹操の連れ子として育てられ、明帝・曹叡から厚く信任されて驍騎将軍となり、鮮卑討伐にも出陣した |
| 羊祜 | 西晋 | 荊州方面を長く任され、呉征服の軍事的基盤を整えた。敵国・呉の将兵からも信頼され、死後には敵将の陸抗まで涙したと伝わる「徳」で国境を治めた名将。 |
| 独孤信 | 北魏・西魏 | 北魏・西魏で軍事活動を重ね、八柱国に列した名将であるだけでなく、三人の娘が北周・隋・唐三王朝の皇后となった異例の人物。 |
| 韓子高 | 南朝陳 | 美貌によって陳文帝に寵愛されたことで知られる一方、武官として軍を率い、将軍にまで昇った異色の人物。 |
| 郭子儀 | 唐 | 安史の乱で長安・洛陽奪回に貢献し、その後も反乱や吐蕃侵攻から何度も唐王朝を救った。 |
| 李文忠 | 元末・明初 | 朱元璋の甥として明建国を戦い抜き、建国後はモンゴル高原深くまで北元軍を追撃した。 |
対外・異民族戦の英雄
| 李陵 | 前漢 | わずか五千の歩兵で匈奴の大軍と死闘を演じた末に降伏し、その弁護によって司馬遷の人生まで変えた悲劇の将。 |
| 衛青 | 前漢 | 奴僕同然の境遇から大将軍へ上り、漢軍を率いて匈奴の本拠へ攻め込んだ武帝時代の最高司令官。 |
| 霍去病 | 前漢 | 十代で匈奴戦に登場し、二十代前半で河西回廊から漠北まで駆け抜け漢の勢力圏を大きく拡大した夭折の天才将軍 |
| 竇憲 | 後漢 | 皇后の兄として権勢を握る一方、大軍を率いて北匈奴を破り、燕然山に戦勝碑を刻ませるほどの大遠征を成功させた。 |
| 裴行倹 | 唐 | 突厥の有力者を戦わずして捕らえるなど、軍事と懐柔を組み合わせた用兵で西域を制した唐の儒将。 |
| 高仙芝 | 唐 | 世界最高峰級の山岳地帯(パミール)を越えて西域へ遠征し、唐軍を中央アジアの奥深くまで進出させた高句麗系将軍。 |
| 封常清 | 唐 | 高仙芝の従者から安西四鎮節度使まで昇り、大勃律遠征など西域で軍功を重ねた。安史の乱では洛陽防衛に敗れた後、潼関への撤退を進言し、高仙芝とともに処刑された。 |
国難を救った防衛の名将
| 高長恭(蘭陵王) | 北斉 | 北斉の皇族将軍として北周と戦った。邙山でわずかな騎兵を率いて包囲された味方を救い、「蘭陵王入陣曲」に名を残しながら皇帝に毒を賜った悲劇の皇族将軍。 |
| 檀道済 | 南朝宋 | 北魏軍を欺くため砂を米に見せかけて窮地を脱したとも伝わる。南朝宋の軍事を支え、処刑時には自らを「万里の長城」と称した。 |
| 狄青 | 北宋 | 顔に兵士時代の刺青を残したまま一兵卒から枢密使まで上り、儂智高の反乱を鎮圧した異色の名将 |
| 岳飛 | 南宋 | 金軍への反攻を重ねて「岳家軍」を率いながら、秦檜らによって「莫須有」の罪で処刑された抗金英雄。 |
| 韓世忠 | 南宋 | 妻・梁紅玉とともに金軍と戦い、黄天蕩では金の名将・兀朮を追い詰めた南宋草創期の猛将。 |
敗将・反乱・悲劇の武将
| 尉遅迥 | 北周 | 楊堅による政権掌握にただちに反旗を翻し、大規模な反乱を起こして北周存続を賭けた最後の戦いに敗れた。 |
| 侯景 | 東魏・南朝梁 | わずかな兵から反乱を拡大して建康を陥落させ、梁武帝を死に追いやった末に自ら「宇宙大将軍」、さらに皇帝を称した。 |
| 藍玉 | 明 | 明建国と北方遠征で大功を挙げながら、藍玉の獄で処刑された |
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