中国史の美女一覧|歴史に名を残した女性たち

中国史に登場する美女たちを一覧で紹介 03.美女

中国史には「絶世の美女」と呼ばれた女性たちが数多く登場します。
四大美女のように国を代表する美人もいれば、亡国や政変と結びついて語られる悲劇の美女、
詩や芸に秀でた名妓など、美女のイメージは時代ごとに変化しました。

本記事では、『百美新詠図伝(百美図)』などを基に、中国史の有名な美女を
【時代別】に整理し、さらに【カテゴリ別】にも分類して一覧で紹介します。

『百美新詠図伝(百美図)』
先史〜代までの美女100名(実際は103名)を収録した美人画+略伝+漢詩の総合作品。

の乾隆57年(1792年)に成立し、顔希源(編)・王翽(絵)・袁枚(詩)による合作として知られる。美人画の典拠として後世に大きな影響を与え、魯迅も愛読したとされる。
美人研究・中国文化史では欠かせない資料のひとつ。

「美人=貞淑・節婦」という儒教的枠を超え、傾国の美女・名妓・伝説上の女性まで含む“多様な女性像の図鑑”になっている点が特徴。

中国四大美女

名前時代逸話象徴
西施春秋戦国 越王勾践が呉を滅ぼすために西施を献上し、呉王夫差が彼女に溺れて国を傾けたとされる。落魚
王昭君 前漢匈奴の呼韓邪単于に嫁ぎ、と匈奴の和平の象徴となった。「昭君出塞」の物語が有名。落雁
貂蝉後漢末-
三国  
董卓と呂布を離間させた「連環の計」の美女として有名。
(ただし史実性は弱く、後世の創作要素が強い)
閉月
楊貴妃玄宗に寵愛され、安史の乱の混乱で馬嵬坡にて死に追い込まれた。代の豪奢な美の象徴。羞花   

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傾国の美女

名前時代逸話象徴
夏姫春秋戦国美貌ゆえに多くの男が彼女に執着し、争いや死を招いたとされる。「魔性の美女」として恐れられた。男を破滅させる
趙姫始皇帝の母。呂不韋との関係、嫪毐事件。宮廷スキャンダル
趙飛燕 前漢舞姫から⑫成帝の皇后に上り詰めた。子がなかったため後宮で政争を起こしたとも記され、⑫成帝崩御後に失脚。飛燕体
趙合徳前漢⑫成帝の寵愛を独占し、他の妃や皇子を排除したとされる。⑫成帝急死後、追及を恐れて自害。温柔郷
紅顔禍水
馮小怜北斉北斉後主・高緯が溺愛し、戦況より遊興を優先したとされ、北斉滅亡の象徴として語られた。享楽
潘玉児南朝斉蕭宝巻(東昏侯)の寵妃。美しい女性のしなやかな歩みの喩えとされる「歩歩生蓮」の逸話で知られる。享楽
張麗華南朝陳陳後主が溺れ『玉樹後庭花』に耽った象徴とされ、陳滅亡後に捕らえられ処刑された。享楽
陳円円
秦淮八艶
初  絶世の美女として名声を得る。呉三桂が彼女を奪われた怒りで軍を引き入れたという伝説で「傾国の美女」として語られる(史実性は議論あり)。伝説化された亡国の象徴

中国三大悪女

名前時代逸話象徴
妲己紂王に寵愛され、酒池肉林など暴政を助長した妖妃として語られ、殷滅亡の原因の象徴となった。妖妃
褒姒西周周幽王が彼女を笑わせるために烽火(狼煙)を偽って諸侯を呼び出し、信用を失って西周滅亡を招いたという逸話が有名。笑わぬ美女烽火 
驪姫春秋戦国  晋の献公に寵愛され、太子申生を陥れて後継争いを引き起こした「驪姫の乱」で有名。宮廷陰謀
悪女

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悲劇の美女

名前時代逸話象徴
息嬀春秋戦国 息国の姫として嫁ぐが、戦乱で楚に連れ去られ、故国を失った悲劇の美女として語られる。亡国の姫
虞姫秦末-
楚漢
項羽の愛妾。垓下の戦いで最期まで寄り添い、覇王別姫の悲劇として語り継がれる。殉愛
ひなげし
(虞美人草)
戚夫人 前漢①劉邦の寵姫だが、呂后に恨まれ、皇帝死後に残酷な刑罰で殺されたと伝えられる。惨劇
李夫人前漢⑦武帝の寵姫。病で衰えた姿を見せずに死を迎え、死後も⑦武帝が幻影を求めた逸話で有名。美人薄命
死してなお愛される
班婕妤前漢⑫成帝に寵愛されるが、趙飛燕姉妹に押されて失寵。
団扇を捨てられる比喩で悲しみを詠んだ。
失寵の悲しみ団扇の詩
大喬後漢末-
三国(呉)  
孫策の妻。孫策の死後に深く悲しんだという伝承が多く、儚い美の象徴として語られる。未亡人の哀愁
小喬後漢末-
三国(呉)
周瑜の妻として有名。美男美女の象徴として語られ、
戦乱の中の儚い青春の美として描かれる。
青春の象徴
甄宓三国
(魏)
美貌と才気で曹丕の后となるが、郭皇后に疎まれ自殺を命じられたとされる。悲劇の美女として語られる。政争の犠牲
緑珠西晋石崇の愛妾。権臣に奪われるのを拒み、楼から身を投げて死んだ「墜楼の美女」として詩に詠まれた。殉節
落花の悲劇
珍妃⑪光緒帝に寵愛され改革を支えたが、西太后に疎まれ幽閉され、義和団事件の混乱で井戸に投げ込まれ殺害された。改革の犠牲
井戸

その他の美女

衛子夫前漢⑦武帝の姉の家の歌妓だったが、見初められ、後宮に入る。
弟は衛青、甥は霍去病。「巫蠱の禍」にて自害。
卓文君前漢蜀の名門に生まれた絶世の美女であり、琴の名手として知られた才女。前漢を代表する天才文人・司馬相如との恋によって名を残す。
陰麗華後漢❶光武帝(劉秀)の皇后。「妻を娶らば陰麗華」という言葉とともに「理想の妻・理想の皇后」とされる。
鄧綏後漢➍和帝の皇后であり、のちに皇太后として幼帝を補佐し、実質的に国家を統治した。
何皇后後漢⓬霊帝の皇后。幼帝の母として政治の実権を握る。
元明月  北魏孝武帝の愛妾。高歓との対立により洛陽を脱出した際、彼女だけを連れて逃亡した。
胡皇后北斉武成帝(高湛)皇后。中国史の中でも特に「淫乱な皇后」として語られることが多い。
劉楚玉南朝宋 弟である皇帝・⑤前廃帝 (劉子業)に対して、自分にも男寵を与えるよう要求し、約30人の美男子が与えられた。
蕭皇后②煬帝(楊広)の皇后。容姿の美しさに加え、礼儀・教養にも優れた。「流転の皇后」。
南陽公主②煬帝の長女。父を殺した一族の家に嫁いでいた公主
唐代三大女詩人   薛濤・魚玄機・李冶は、代を代表する女詩人であり、才色兼備の象徴として並び称される。
花蕊夫人後蜀後主・孟昶の愛妃。詩を詠む才に優れ、宮廷生活を題材にした「宮詞」を数多く残した。花のように美しい女性。
李師師北宋都・汴京(開封)で名を馳せた名妓で、美貌と芸の才によって皇帝・⑧徽宗すら虜にした。
趙福金北宋⑧徽宗の娘。「靖康の変」で和平交渉の一環として、金軍へ差し出された。
李鳳娘南宋❸光宗の皇后。皇帝を支配し「黒い鳳凰」と形容された。
奇皇后順帝トゴン・テムルの皇后。高麗から元への貢女。
秦淮八艶初  南京・秦淮河(しんわいが)周辺で名を馳せた名妓たちの中でも、とりわけ才色兼備で名高かった八人の女性。
洪宣嬌太平天国の指導者・洪秀全の妹(あるいは一族の女性)で女性幹部。※血縁関係の有無は議論あり。

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