中国王朝の流れを「家系図」で一気に理解できるまとめページです。
中国の歴代王朝は、血統と権力の流れを知ることで一気に理解しやすくなります。
本記事では、主要王朝の皇帝家系図をまとめて掲載、
また、「歌で覚える中国王朝」も載せています。
それぞれの王朝の流れや特徴を一目で把握できるよう、
個別ページへのリンクも整理しています。
時代別に見る中国王朝の流れ・家系図一覧
| 王朝(家系図) | 年代 | 期間 | 代 |
| 前漢 | 前202-9 | 211年 | 15代 |
| 後漢 | 25-220 | 195年 | 14代 |
| 魏晋南北朝 | |||
| 隋 | 581–618 | 37年 | 3代 |
| 唐 | 618-907 | 289年 | 20代 |
| 五代十国 | 907-960 | 53年 | – |
| 北宋 | 960–1127 | 167年 | 9代 |
| 南宋 | 1127–1279 | 152年 | 9代 |
| 明 | 1368–1644 | 276年 | 17代 |
| 清 | 1636/1644–1912 | 276年 | 12代 |
魏晋南北朝
三国時代から南北朝時代までを合わせて、魏晋南北朝時代とも呼ぶ。

南朝
この時期、華南には宋、斉、梁、陳の4つの王朝が興亡した。こちらを南朝と呼ぶ。
同じく建康(建業)に都をおいた三国時代の呉、東晋と南朝の4つの王朝をあわせて
六朝(りくちょう)と呼び、この時代を三国時代から南北朝時代までを六朝時代とも呼ぶ。
南朝では政治的な混乱とは対照的に、文学や仏教が隆盛をきわめ、
六朝文化と呼ばれる貴族文化が栄えた。
北朝
五胡十六国は、当時、中国華北に分立興亡した民族・国家の総称である。
鮮卑拓跋部の建てた北魏が五胡十六国時代の戦乱を収め、六鎮の乱を経て、東魏、西魏に分裂。
東魏はに西魏はに、それぞれ北斉、北周に取って代わられた。
北周は北斉を滅ぼして再び華北を統一する。
北魏・東魏・西魏・北斉・北周の五王朝を北朝と呼ぶ。
補足
・東魏はのちの北斉・高氏の傀儡
①孝静帝・元善見、在位:534年 – 550年
・西魏はのちの北周・宇文氏の傀儡
①文帝・元宝炬、在位:535年 – 551年
②廃帝・元欽、在位:551年 – 554年
③恭帝・拓跋廓、在位:554年 – 556年
※拓跋氏の最後の皇帝でもある。のち拓跋姓に復古。
メロディにのせて中国王朝を覚えよう♪
有名なのは、「アルプス一万尺」と「ウサギと亀(通称:もしかめ)」です。
「アルプス一万尺は」は、王朝の分け方が細かいのはよいですが、
歌として不自然で覚えにくい気がします。
ですので個人的には、「ウサギと亀(通称:もしかめ)」でザックリ覚えるのがおすすめです。
まずは「大きな流れ」をつかんだ後、細かいところの知識を深めていく・広めていくのがよいと思います。細かいところは、下の年表をご覧ください。

王朝ごとの特徴
| 王朝 | 王朝らしさ | 崩壊パターン |
| 前漢 | 草創の豪族国家 → 儒教帝国へ | 外戚の専横 → 王莽に乗っ取られる |
| 後漢 | 理想的再建王朝 → 宦官と外戚の泥沼 | 宦官政治 → 地方軍閥台頭 → 三国へ |
| 隋 | 超効率国家 → オーバーワークで自滅 | 過剰国家プロジェクト → 民衆反乱 |
| 唐 | 華麗なる世界帝国 → 宮廷クーデターと宦官 | 反乱 → 地方軍閥化 → 宦官政治 |
| 宋 | 軍より文を重んじた文化国家 | 文治偏重 → モンゴルに敗北 |
| 明 | 強権専制国家 → 内部硬直 | 財政難+農民反乱+満洲侵攻 |
| 清 | 異民族帝国の成功 → 近代化失敗 | 近代化失敗 → 革命 |
南北朝
| 王朝 | 性格 | 崩壊パターン |
| 南朝宋 | 皇族同士の粛清合戦→内部腐敗 | 内部崩壊により → 宋内の有力部将 蕭道成に禅譲を迫られる |
| 南朝斉 | 簒奪の連鎖:宋→斉→梁へ続く南朝の宿命 | 軍事政権の限界 → 暗君 → 蕭衍による簒奪 |
| 南朝梁 | 南朝文化の頂点王朝 → 侯景の乱以降の内乱・分裂・外圧の連鎖 | 名君の晩年の失政 → 皇族の対立と分裂 → 外圧 |
| 南朝陳 | 小国ゆえの緊張感 文化は華やかだが、国力は常にギリギリ | 努力と節倹で延命 → 暗君 → 強国に呑まれる |
| 北斉 | 暴虐傾向・酒色や美女に溺れる →皇族同士の粛清合戦 | 北周・武帝に滅ぼされる |
| 北周 | 質実剛健の軍事国家 → 隋唐の母体へ | 名君の死 → 暴君 → 外戚(楊堅)による簒奪 |
年表 ~その頃日本はなに時代?


