中国には、一年の十二か月にそれぞれ花を配し、
その花を司る神を歴史上の人物や伝説上の存在に重ねる「十二花神」という文化がある。
梅の花神には寿陽公主や林逋、牡丹には楊貴妃や李白、菊には陶淵明などが登場する。
しかし、十二花神を調べると、同じ月なのに花の種類が違ったり、
まったく別の人物が花神として紹介されていたりする。
実は、十二花神には全国共通の決まった十二人が存在するわけではない。
男性の文人を中心とするもの、歴史上の美女を選ぶもの、男女双方の花神を定めるものなど、
複数の系統が伝えられている。
なかでも清代の学者・俞樾がまとめた『十二月花神議』は、
男女の花神を比較できる資料として興味深い。
また、清代の女性文人・屈秉筠は十二人の女性を花神に見立て、花朝の詩会を催している。
ここでは、十二か月の花暦を基準に、花神の人物とその由来を比較する。
花神が異なる理由や、同じ人物が複数の花に登場する背景も取り上げる。
十二花神の種類|なぜ花神の名前が違うのか
十二花神は、一つの神話に登場する固定された十二柱ではない。
花暦、民間伝承、文人による選定、絵画などを通して、異なる組み合わせが作られてきた。
主な違いは次の通りである。
| 系統 | 特徴 | 代表的な例 |
|---|---|---|
| 十二月花暦 | 各月を代表する花を定める | 正月の梅、四月の牡丹、九月の菊 |
| 女性花神 | 歴史上の美女や才女を花に配する | 寿陽公主、楊貴妃、西施 |
| 男性花神 | 詩人・文人・歴史上の人物を配する | 何遜、李白、陶淵明 |
| 俞樾『十二月花神議』 | 男女の花神をそれぞれ選び、花との関係を論じる | 梅の寿陽公主と何遜 |
| 屈秉筠『蕊宮花史図』の系統 | 十二人の女性を花神に見立てる | 梅の江采萍、菊の賈佩蘭 |
重要なのは、花暦にある花と、その花に配される人物を別々に比較することである。
例えば、俞樾の配役では二月の女性花神に杏花の阮文姫を挙げる一方、
男性花神には蘭花の屈原を挙げる。男女で同じ花を担当するとは限らない。
また、旧暦の月を基準とするため、現在の暦で考える開花時期とも一致しないことがある。
十二花神の比較一覧|月・花・人物・由来
次の表は、よく知られる十二月花暦を基準に、
俞樾の配役やその他の伝承に登場する人物を整理したものである。
| 月 | 代表的な花 | 俞樾の女性花神 | 俞樾の男性花神 | その他の花神の例 |
|---|---|---|---|---|
| 正月 | 梅花 | 寿陽公主 | 何遜 | 江采萍、林逋、柳夢梅 |
| 二月 | 杏花・蘭花 | 阮文姫(杏) | 屈原(蘭) | 楊貴妃、謝道韞 |
| 三月 | 桃花 | 息夫人 | 劉晨・阮肇 | 崔護、楊延昭 |
| 四月 | 薔薇・牡丹 | 麗娟(薔薇) | 李白(牡丹) | 楊貴妃、張麗華 |
| 五月 | 石榴花 | 安徳王妃李氏 | 孔紹安 | 張騫、鍾馗、潘夫人 |
| 六月 | 蓮花 | 年氏 | 王倹 | 西施、周敦頤 |
| 七月 | 玉簪花・鶏冠花 | 李夫人(玉簪) | 陳後主(鶏冠) | 蘇蕙など |
| 八月 | 桂花 | 徐恵 | 郤詵 | 張麗華、李清照 |
| 九月 | 菊花 | 左貴嬪 | 陶淵明 | 賈佩蘭 |
| 十月 | 芙蓉花 | 飛鸞・軽鳳(異表記あり) | 石曼卿 | 花蕊夫人 |
| 十一月 | 山茶花 | 楊貴妃 | 湯若士 | 袁宝児、王昭君 |
| 十二月 | 水仙・臘梅 | 梁玉清(水仙) | 蘇軾・黄庭堅(臘梅) | 甄宓、娥皇・女英 |
※俞樾の男女花神は、それぞれ異なる花を選んでいる月がある。
その他の花神は別系統の伝承に見られる人物であり、俞樾が選定した人物ではない。
正月|梅花の花神を比較
| 花神 | 人物 | 梅との関係 |
|---|---|---|
| 寿陽公主 | 南朝宋の皇女 | 額に梅の花びらが落ちた「梅花粧」の伝説 |
| 何遜 | 南朝梁の詩人 | 梅を詠んだ詩で知られる |
| 江采萍 | 唐の玄宗の妃とされる梅妃 | 梅を好んだという伝承 |
| 林逋 | 北宋の詩人 | 「梅妻鶴子」の逸話 |
| 柳夢梅 | 『牡丹亭』の登場人物 | 名前と作品世界に梅が結びつく |
寿陽公主と梅花粧
寿陽公主は南朝宋の文帝・劉義隆の娘とされる皇女である。
宮中で休んでいたところ、梅の花びらが額に落ち、五弁の模様を残したという伝説がある。
宮女たちがその姿をまねて額に梅の模様を描いたことから、梅花粧が始まったと伝えられる。
寿陽公主を花神に選ぶ理由は、梅そのものの性質よりも、
梅の花と宮廷女性の美しさを結びつけた説話にある。
何遜・林逋・江采萍
何遜は南朝梁の詩人で、梅を題材とした作品を残した。
俞樾が男性の梅花神に選んだ人物である。
林逋は西湖の孤山に隠棲し、梅を植えて鶴を飼ったことから「梅妻鶴子」と称された。
林逋の場合、梅は美貌ではなく、世俗を離れた高潔な生活を象徴している。
江采萍は唐の玄宗に仕えた「梅妃」として知られる女性である。
ただし、その生涯を伝える『梅妃伝』には文学的な脚色が多く、
楊貴妃との対立などをそのまま史実とすることはできない。
比較すると、寿陽公主は化粧の伝説、何遜と林逋は詩文、
江采萍は梅を愛した美女という異なる理由で花神となっている。
二月|杏花と蘭花の花神を比較
楊貴妃と杏花
楊貴妃は玄宗の寵愛を受けた唐代の女性で、安史の乱の際に馬嵬で命を落とした。
杏花の花神とする伝承では、その死後に杏の花が咲いたという説話が結びつけられる。
ただし、正史が楊貴妃を杏花の神として記録しているわけではない。
↓↓四大美女の一人・楊貴妃についての個別記事は、こちら

屈原と蘭花
屈原は戦国時代の楚の詩人・政治家として知られる。
『楚辞』には蘭や芷などの香草が繰り返し登場し、理想や徳を象徴する表現に用いられている。
俞樾が屈原を蘭花の神に選んだのは、こうした文学的な結びつきによる。
同じ二月でも、杏花の女性花神と蘭花の男性花神では、選定の基準が大きく異なる。
↓↓楚の詩人・政治家、屈原についての個別記事は、こちら

三月|桃花の花神を比較
息夫人と桃花夫人
息夫人は春秋時代の息国の君主の夫人で、
楚の文王によって息国が滅ぼされた後、楚に迎えられたと伝えられる。
『春秋左氏伝』には、楚王との間に子をもうけながらも口をきかなかったという逸話が残る。
後世には「桃花夫人」と呼ばれ、桃花の花神として語られるようになった。
ただし、殉死したという物語などには後世の脚色がある。
↓↓後世には「桃花夫人」と呼ばれる、息夫人についての個別記事は、こちら

崔護と「人面桃花」
唐の詩人・崔護は「題都城南荘」で、
前年に桃の花の下で出会った女性が翌年には姿を消していた情景を詠んだ。
「人面桃花相映紅」という一句は、女性の美しさと桃花を結びつける代表的な表現となった。
息夫人は歴史上の女性をめぐる伝承、崔護は詩の情景によって桃花と結びついた人物である。
四月|牡丹と薔薇の花神を比較
李白と牡丹
李白は唐代を代表する詩人である。
玄宗の宮廷で牡丹と楊貴妃を題材にした「清平調」を作ったと伝えられる。
牡丹そのものを人格化するというより、牡丹を詠んだ詩人として花神に選ばれている。
楊貴妃と牡丹
楊貴妃は「清平調」によって牡丹と強く結びついた。
同じ牡丹でも、李白は花を詠む側、楊貴妃は花にたとえられる側である。
また、俞樾の女性花神では四月に薔薇の麗娟を選び、楊貴妃を十一月の山茶花に配している。
楊貴妃が必ず四月の牡丹花神になるわけではない。
五月|石榴花の花神を比較
| 花神 | 人物 | 石榴との関係 |
|---|---|---|
| 安徳王妃李氏 | 北斉の王妃 | 石榴の実をめぐる婚姻の逸話 |
| 孔紹安 | 唐初の詩人 | 石榴を詠んだ詩 |
| 張騫 | 前漢の外交使節 | 石榴を西域から伝えたという伝承 |
| 鍾馗 | 魔除けの神 | 五月の邪気払いと結びつく |
| 潘夫人 | 三国時代の呉の後宮女性 | 石榴に関する宮廷伝承 |
安徳王妃李氏と石榴の実
北斉の安徳王・高延宗の妃である李氏には、石榴の実をめぐる婚姻の逸話が伝えられる。
石榴には多くの種子があることから、中国では子孫繁栄の象徴とされた。
婚礼に石榴を贈る風習とも結びついている。
張騫と鍾馗
張騫は前漢の武帝に仕え、西域に派遣された人物である。
石榴を中国へもたらしたという伝承によって花神に配される。
鍾馗は鬼や邪気を退ける神であり、旧暦五月の魔除けの習俗から石榴花と結びつく。
同じ石榴花でも、李氏は婚姻、張騫は植物の伝来、鍾馗は厄除けという異なる意味を担っている。
六月|蓮花の花神を比較
西施と蓮
後世の伝承では水辺で暮らす姿や採蓮の情景と結びつき、蓮の花神として語られることがある。
↓↓四大美女の一人・西施についての個別記事は、こちら

周敦頤と「愛蓮説」
周敦頤は「愛蓮説」で、蓮が泥の中から生まれながら汚れない姿を称えた。
蓮を君子にたとえた文章は、中国の文人文化に大きな影響を与えた。
西施は蓮の美しさ、周敦頤は蓮の清廉さを表す人物として対照的である。
七月|玉簪花・鶏冠花・蜀葵の違い
七月は、十二花神の配役が特に分かれやすい月である。
俞樾は女性花神に玉簪花の李夫人、男性花神に鶏冠花の陳後主を選んでいる。
一方、別の女性花神の系統では、前秦時代の才女・蘇蕙を秋海棠の花神に配する例もある。
蘇蕙は多数の文字を組み合わせ、
縦横などさまざまな方向から読める「璇璣図」を作ったと伝えられる。
七月の七夕や女性の巧芸を重んじる文化と結びつけられた配役である。
このように、七月は花の種類自体が異なるため、人物名だけを比較すると混乱しやすい。
↓↓漢武帝に寵愛された李夫人についての個別記事は、こちら


八月|桂花の花神を比較
徐恵と郤詵
徐恵は唐太宗の後宮に入り、文学の才能と政治的な諫言で知られた女性である。
郤詵は西晋の官人で、優れた人物として自らを「桂林の一枝」にたとえた故事が伝えられる。
この表現は後に試験での成功を祝う言葉にもつながった。
桂花には月の伝説だけでなく、学問や栄達の意味も重ねられている。
李清照と桂花
李清照は宋代を代表する女性詞人である。
「鷓鴣天・桂花」では、桂花の価値を色の華やかさではなく、その香りや品格に見いだしている。
徐恵は才女としての人物像、郤詵は学問的成功の故事、
李清照は桂花を詠んだ文学作品によって花と結びつく。
↓↓宋代を代表する女性詞人・李清照についての個別記事は、こちら

九月|菊花の花神を比較
| 花神 | 人物 | 菊との関係 |
|---|---|---|
| 左貴嬪(左芬) | 西晋の女性文学者 | 宮廷の才女としての配役 |
| 陶淵明 | 東晋末の詩人 | 菊を愛し、田園生活を詠んだ |
| 賈佩蘭 | 前漢宮廷に関わる女性 | 重陽の菊酒に関する伝承 |
陶淵明と菊
陶淵明は官職を離れて田園に帰り、自然の中で暮らした詩人である。
「飲酒」其の五の「採菊東籬下、悠然見南山」は、
菊と隠者の生活を結びつける代表的な一句となった。
左芬と賈佩蘭
左芬は西晋の武帝・司馬炎の後宮に入った女性で、文学の才能を評価された人物である。
宮廷での詩文活動によって知られる。
賈佩蘭は漢代宮廷の行事を伝える説話に登場し、重陽節に菊酒を飲む習俗と結びつけられている。
陶淵明は隠逸、左芬は宮廷文学、賈佩蘭は節句の風習を通じて菊と関わっている。
十月|芙蓉花の花神を比較
石曼卿と芙蓉城
石曼卿は北宋の詩人・石延年のことである。
彼には、死後に芙蓉城の主となったという伝承がある。
芙蓉の花神として選ばれる理由は、この仙境説話にある。
花蕊夫人と成都
花蕊夫人は、後蜀の皇帝・孟昶の妃とされる女性として知られる。
成都は芙蓉の花で有名な都市であり、
花蕊夫人と芙蓉の関係には、後蜀の宮廷文化や亡国の伝承が重なっている。
石曼卿は死後の仙境、花蕊夫人は四川の歴史と結びつく花神である。
↓↓美貌の才女・花蕊夫人についての個別記事は、こちら

十一月|山茶花の花神を比較
| 花神 | 人物 | 配役の特徴 |
|---|---|---|
| 楊貴妃 | 唐の玄宗の妃 | 俞樾の女性花神 |
| 湯若士 | 明代の劇作家・湯顕祖 | 俞樾の男性花神 |
| 袁宝児 | 隋の煬帝に関わる女性 | 宮廷の美女としての伝承 |
| 王昭君 | 前漢の宮廷女性 | 後世の女性花神の配役 |
| 白居易 | 唐の詩人 | 山茶を詠んだ文学作品との結びつき |
十一月は、楊貴妃が牡丹ではなく山茶花に配されることがある点が興味深い。
湯若士は明代の劇作家・湯顕祖の字で、『牡丹亭』の作者として知られる。
俞樾は彼を山茶花の男性花神に選んでいる。
一方、王昭君や袁宝児など、宮廷女性を中心とする配役もある。
花神の人物を選ぶ基準が必ずしも花を直接愛した逸話に限られないことが分かる。
十二月|水仙と臘梅の花神を比較
蘇軾・黄庭堅と臘梅
臘梅は冬に黄色い花を咲かせる植物で、名前に梅が含まれるものの、梅とは別の植物である。
俞樾は十二月の男性花神として、蘇軾と黄庭堅を挙げている。
↓↓北宋を代表する文人・蘇軾についての個別記事は、こちら

甄宓と水仙
甄宓は三国時代の魏の文帝・曹丕の妻で、明帝・曹叡の母となった女性である。
曹植の「洛神賦」に登場する洛神と甄宓を結びつける説話は有名だが、
両者を同一人物とすることは史実として確定していない。
水仙の花神に甄宓を配するのは、水辺の仙女の美しい姿と彼女の後世のイメージを重ねたものである。
十二月の花神は、水仙の仙女像と、臘梅を愛した文人像という二つの方向に分かれている。
↓↓甄宓についての個別記事は、こちら

同じ人物が複数の花神になる理由
十二花神の一覧を比較すると、同じ人物が別の月や花に登場することがある。
| 人物 | 配される花の例 | 違い |
|---|---|---|
| 楊貴妃 | 杏花・牡丹・山茶花 | 美貌、宮廷文化、各系統の選定 |
| 林逋 | 梅花 | 花を愛した生活と詩文 |
| 李白 | 牡丹 | 牡丹を詠んだ詩 |
| 陶淵明 | 菊花 | 菊を愛した隠者のイメージ |
| 西施 | 蓮花 | 水辺の美女という伝承 |
| 花蕊夫人 | 芙蓉花 | 成都・後蜀との関係 |
楊貴妃のように複数の花に配される人物もいれば、
陶淵明と菊のように、花との関係が特に強く定着した人物もいる。
また、同じ花でも人物の選び方は異なる。
梅花では寿陽公主の化粧伝説と林逋の隠逸生活、
石榴花では張騫の植物伝来と鍾馗の魔除けが、
それぞれ選定の理由になっている。
十二花神は、花に固有の神が一人ずつ存在するというより、
花に関係する歴史や文学、民間信仰を人物に託したものとして理解できる。
十二花神と花朝節の関係
中国には、花の神々を祝う「花朝節」という行事がある。
花朝節の日付は地域や時代によって異なり、
旧暦二月二日、二月十二日、二月十五日などが伝えられる。
花を観賞したり、花神を祀ったりする行事が行われ、
女性たちが花を題材に詩を作る文化とも結びついた。
清代の女性文人・屈秉筠は1796年、十二人の女性による花朝の詩会を開き、
歴史上の女性を花神に見立てた。この配役は『蕊宮花史図』として伝えられる。
屈秉筠の花神には、
梅の江采萍、蘭の謝道韞、梨の虢国夫人、牡丹の楊貴妃、蓮の西施、菊の賈佩蘭などが登場する。
俞樾の男女花神とは異なる組み合わせであり、
十二花神が文人たちの創作や交流の中でも発展していたことが分かる。
十二花神を比較して分かること
十二花神は、どの人物を選ぶかによって花の意味が変わる。
梅の寿陽公主は宮廷の美しさ、林逋は隠者の高潔さを表す。
牡丹の楊貴妃は花にたとえられた美女であり、李白はその花を詠んだ詩人である。
菊の陶淵明には田園生活の理想が重なり、石榴花の鍾馗には魔除けの信仰が託されている。
さらに、俞樾のように男女の花神を分けて選ぶ例もあれば、
屈秉筠のように歴史上の女性たちだけで十二か月を構成する例もある。
十二花神を一つの一覧だけで覚えるよりも、
どの時代の、どの系統の花神なのかを確かめながら比較する方が、
それぞれの人物と花の関係を理解しやすい。
史書・参考文献
・俞樾『十二月花神議』
・屈秉筠『蕊宮花史図』関連資料
・『宋書』
・『南史』
・『旧唐書』
・『新唐書』
・『晋書』
・『太平御覧』
・李白「清平調」
・崔護「題都城南荘」
・陶淵明「飲酒」
・周敦頤「愛蓮説」
・曹雪芹『紅楼夢』
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