中国史

05.才女

【北宋】欧陽母|欧陽脩を育てた「画荻教子」と鄭氏の生涯

欧陽母(おうようぼ/鄭氏)は北宋の文人・欧陽脩の母で、「画荻教子」で知られる女性である。夫・欧陽観を早くに失い、幼い欧陽脩を連れて随州の欧陽曄を頼り、紙や筆にも乏しい生活の中で葦の茎を使って文字を教えた。亡夫の廉潔な人柄を息子に語った逸話、欧陽脩の成長と官僚人生を支えた教育、後世に形成された賢母像まで詳しく解説する。
01.皇后

【秦】宣太后|秦を動かした史上初の「太后政治」芈八子の野望と義渠王の伝説

宣太后(せんたいごう)は戦国時代の秦で実権を握った太后で、昭襄王の母として政治を主導した人物。義渠王との関係や粛清事件など、秦の国政に大きな影響を与えた女性権力者として知られる。その生涯と政治的役割を解説する。
03.公主

【呉】孫魯班|二宮事件を主導した呉最大の権力者・全公主の生涯

孫魯班(そんろはん/全公主)は孫権と歩練師の長女であり、二宮事件で孫覇派の中心人物として活動した呉の公主である。周循・全琮との結婚、王夫人への讒言、孫和失脚工作、孫魯育誅殺、孫亮政権での権勢、失脚とその後までを史実をもとに詳しく解説する。
03.公主

【隋】義成公主|四代の突厥可汗に嫁ぎ、隋滅亡後も旧王朝を支えた公主

義成公主(ぎせいこうしゅ)は隋から東突厥へ嫁ぎ、啓民・始畢・処羅・頡利可汗の時代を生きた和親公主である。雁門で煬帝が包囲された際には撤兵につながる情報を伝え、隋滅亡後は蕭皇后と煬帝の孫・楊政道を突厥へ迎えて旧隋勢力を支えた。唐と東突厥の対立が深まる中、630年の李靖による遠征でその生涯を終えるまでを詳しく解説する。
03.公主

【唐】文成公主|チベット仏教をもたらし観音菩薩と崇められた唐の公主

文成公主(ぶんせいこうしゅ)は唐の時代に吐蕃(チベット)の王ソンツェン・ガンポに嫁いだ公主。唐と吐蕃の外交関係を象徴する人物であり、仏像や経典を持ち込みチベット仏教の伝来に関わったと伝えられる。チベットでは観音菩薩の化身として語られることもある。
05.才女

許穆夫人|『詩経』に名を残した春秋時代の女性詩人

許穆夫人(きょぼくふじん)とは『詩経』に作品が残る中国最古の女性詩人である。祖国・衛の危機に際して詩を通じて思いを訴えた愛国の人物。その生涯や詩の特徴、時代背景をわかりやすく解説。
03.公主

【唐】金城公主|唐と吐蕃の戦争の中で外交を担った公主

金城公主(きんじょうこうしゅ)は唐の宗室から公主に封じられ、710年に吐蕃王ティデ・ツクツェンへ嫁いだ女性である。文成公主に続く唐蕃間の婚姻として吐蕃で約30年を過ごし、戦争と和平を繰り返す両国の間で唐朝への働きかけを続けた。河西九曲をめぐる問題や730年の赤嶺の会盟、唐との外交関係、741年に吐蕃で生涯を終えるまでを詳しく解説する。
03.公主

【北宋】福康公主|仁宗に溺愛された北宋皇女の我儘人生

福康公主(ふくこうこうしゅ)は北宋仁宗と苗氏の娘で、仁宗が特に寵愛した皇女である。李瑋との結婚と激しい不和、宦官・梁懐吉との親密な関係、夜間に宮門を開かせた事件、司馬光ら臣下の諫言、降格と復位、仁宗死後に困窮した晩年まで、『宋史』などをもとにその波乱の生涯と人物像を詳しく解説する。
05.才女

孟母(孟子の母)|孟子を育てた賢母と孟母三遷・断機の教え徴

孟母(もうぼ)とは儒家思想家・孟子を育てた母で、「孟母三遷」や「断機の教え」で知られる賢母である。本記事ではその生涯や教育方針、逸話をわかりやすく解説し、理想の母像に迫る。
01.皇后

【北斉】胡皇后|武成帝高湛の皇后で後主高緯の母、放縦と権力の象徴

胡皇后(ここうごう)は、北斉の武成帝・高湛の皇后で、後主・高緯の母。夫の寵臣・和士開との密通、武成帝死後の僧侶・曇献との関係、昭玄統への登用、高緯による幽閉など、正史には数々の醜聞が残る。皇后から皇太后となって北斉後期の宮廷政治にも関わった生涯、北斉滅亡後の足取り、「皇后より娼婦の方が楽しい」という逸話の真偽まで、「淫后」と呼ばれた胡皇后の実像を『北斉書』『北史』からたどる。