中国史

031.皇帝

【南朝宋】劉昱(後廃帝)|少年皇帝の暴走と蕭道成による政権掌握までを徹底解説

劉昱(りゅういく/後廃帝)は明帝劉彧の子で、10歳で南朝宋皇帝となった。劉休範・劉景素の反乱を経て蕭道成が台頭する一方、劉昱は宮外を徘徊し、通行人を無差別に殺すなどの異常な行動が史書に記される。蕭道成も殺害しようとしたが、477年に近臣の楊玉夫らに殺され、14歳で生涯を終えた。
037.宦官

【唐】程元振|李輔国に代わって禁軍を掌握した唐代の宦官

程元振(ていげんしん)は唐代宗の即位を支え、李輔国失脚後に禁軍を掌握した宦官である。来瑱を讒言して死に追いやり、僕固懐恩とも対立して権勢を拡大したが、吐蕃侵攻への対応を誤り763年に長安が陥落。代宗の陝州避難を招いた責任を問われて失脚し、流刑を命じられた後の最期まで詳しく解説する。
031.皇帝

【南朝宋】劉準(順帝)|「帝王の家に生まれたくない」と泣いた少年皇帝の結末

劉準(りゅうじゅん/順帝)は南朝宋最後の皇帝である。後廃帝劉昱の死後、わずか10歳で蕭道成に擁立され、袁粲や沈攸之らの抵抗が相次ぐ中で実権を失っていった。479年、蕭道成への禅譲によって宋は滅亡。「来世では二度と帝王の家に生まれたくない」と泣いたと史書に伝わる少年皇帝の生涯と、13歳で迎えた結末を詳しく解説する。
037.宦官

【北宋】梁師成|後世「六賊」の一人に数えられた「隠相」と呼ばれた宦官

梁師成(りょうしせい)は北宋徽宗に寵愛され、「隠相」と呼ばれるほど朝政に影響力を持った宦官である。詔勅を扱う立場を利用して権勢を拡大し、王黼らと結んで売官や収賄を重ね、後世「六賊」の一人に数えられた。宋金関係が緊迫する中、徽宗退位後に失脚し、欽宗の命で処分されるまでの生涯と北宋末政治での実像を詳しく解説する。
031.皇帝

【北斉】高洋(文宣帝)|天才と狂気の二面性を持つ北斉初代皇帝

高洋(こうよう/文宣帝)は、東魏の実権を握った高歓の次男で、兄・高澄の暗殺後に政権を掌握し、550年に北斉を建国した初代皇帝。契丹・柔然への親征や長城築造、行政改革で国力を高める一方、晩年は酒乱と暴虐を深めた高洋の生涯と治世を史書から詳しく解説する。
037.宦官

【北宋】童貫|北宋末期に軍権を握った最強の宦官

童貫(どうかん)は北宋徽宗に仕え、約20年にわたり兵権に強い影響力を持った宦官である。青唐・西夏戦線で軍功を重ね、方臘の乱を鎮圧し、金との海上の盟や燕雲攻略にも関与。金軍侵攻時の太原撤退で失脚し、欽宗の命で処刑された。顎髭を持つ魁梧な容貌と「六賊」に数えられた実像まで詳しく解説する。
031.皇帝

【北周】宇文贇(宣帝)|北周崩壊を体現した皇帝

北周第4代皇帝・宇文贇(うぶんいん/宣帝)は武帝の後を継いで即位すると、名将・宇文憲らを粛清し、五人の皇后を並立させ、苛烈な刑罰と奢侈に走った。さらに幼い息子へ譲位して天元皇帝を称し、独自の権威を追求するが22歳で急死。その死によって生じた権力の空白から楊堅が実権を掌握し、北周滅亡と隋建国へ至るまでの経緯を詳しく解説する。
01.皇后

【魏】郭女王|曹丕を支えた魏初代皇后と甄夫人との確執

郭女王(郭皇后)は曹丕の寵愛を受け、魏の初代皇后となった女性である。没落した家から皇后へ上った生涯、甄夫人の賜死への関与説、曹叡との複雑な関係、子のない皇后としての立場、曹丕死後の皇太后時代と最期まで、『三国志』をもとに悪女説と史実の違いを詳しく解説する。
05.才女

【呉】趙夫人|孫権に仕え「呉の三絶」で名を残した伝説の才女

趙夫人(ちょうふじん)は、三国時代の呉で孫権に仕え、絵画・刺繍・機織りに類まれな才能を発揮した女性。「呉の三絶」と称された機絶・針絶・絲絶の技、山川や軍陣を刺繍で描いた地図、風を通す不思議な幔幕の逸話から、孫権の寵愛を受けながらも後宮の中傷によって失脚した生涯までをたどる。
01.皇后

【魏】卞夫人(武宣皇后)|曹操の正室・曹丕や曹植らの母となった賢后の生涯

卞夫人(べんふじん/武宣皇后)は、曹操の妻であり、曹丕・曹植らの母として魏建国を支えた女性である。歌妓時代、丁夫人との関係、質素倹約の逸話、曹洪助命事件、人物像まで史実ベースで詳しく解説する。