01.皇后

【後漢】鄧綏|後漢を安定させた鄧太后の政治と生涯

鄧綏(とうすい)は後漢の和帝の皇后で、名将鄧禹の孫にあたる。和帝死後、幼い殤帝劉隆・安帝劉祜を擁立して臨朝称制し、災害救済や倹約、外戚抑制を進めた。蔡倫・班昭らを重用して約16年にわたり朝政を主導した鄧太后の政治と人物像、死後に鄧氏一族が失脚するまでを『後漢書』から詳しく解説する。
037.宦官

高寀|万暦帝の税監として福建で苛政を敷いた宦官の生涯

高寀(こうさい)は明の万暦帝に仕えた宦官で、福建の税監として商人や民衆から財貨を搾取した。海澄県での徴税をめぐる騒乱、オランダ艦隊との交易計画、子供の脳を食べたという残虐な逸話、1614年の福州民変での住民殺傷と福建巡撫袁一驥への脅迫、周起元らによる弾劾と北京への召還まで、その生涯をたどる。
037.宦官

【後漢】蔡倫|製紙法を革新し文明を変えた後漢の宦官

蔡倫(さいりん)は後漢の宦官で、樹皮・麻くず・ぼろ布・魚網などを用いて製紙法を改良し、「蔡侯紙」で知られた人物である。中常侍・尚方令として和帝に仕え、鄧綏のもとで龍亭侯に封じられた一方、竇皇后に従って宋貴人を陥れた事件が安帝期に再燃。出頭を命じられ自殺するまでの生涯と功績を『後漢書』から詳しく解説する。
01.皇后

【後漢】竇皇后|無子で後宮を支配した皇后と外戚政治の実態

竇皇后(章徳竇皇后)は後漢章帝の皇后で、実子を持たず梁貴人の子・劉肇を養育した。宋貴人を陥れて皇太子劉慶を廃し、劉肇を皇太子に擁立。和帝即位後は皇太后として臨朝し、兄・竇憲ら外戚竇氏が権力を掌握した。和帝による竇氏粛清と97年の死まで、その生涯と外戚政治の実像を解説する。
037.宦官

【後漢】鄭衆|外戚竇憲を誅した“宦官政治の起点”となった後漢の宦官

鄭衆(ていしゅう)は後漢和帝に仕え、外戚・竇憲一族の排除に協力した宦官である。竇太后と竇氏が朝廷を支配するなか和帝の信任を得て政変を支え、功績により宦官として初めて封侯された。大長秋として重用された生涯、養子への爵位継承と後漢の宦官政治に残した影響まで、『後漢書』をもとに詳しく解説する。
033.武将

【後漢】竇憲|外戚権力の頂点と北方遠征の栄光

竇憲(とうけん)は後漢章帝の皇后・竇太后の兄で、外戚として権力を握った武将である。劉暢殺害事件から北匈奴遠征へ転じ、89年に稽落山で大勝して燕然山に功績を刻んだ。班固らを幕僚に従え、大将軍として朝廷を掌握した専横と、和帝・鄭衆の政変による失脚・自害まで、その生涯と功罪を詳しく解説する。
01.皇后

【後漢】陰麗華|光武帝が「娶妻当得陰麗華」と語った皇后

陰麗華(いんれいか)は後漢の光武帝・劉秀の皇后で、慎み深く賢明な人物として知られる。光武帝が若き日に「仕えるなら陰麗華のような妻」と語った逸話でも有名で、中国史における理想の皇后の一人とされる。その生涯と後漢宮廷の背景を解説する。
033.武将

【秦】司馬錯|蜀併合で秦を「勝てる国」に変えた戦略家の実像

司馬錯(しばさく)は秦の恵文王・昭襄王に仕えた戦国時代の将軍である。張儀が韓攻略を唱える中で巴蜀への進出を主張し、紀元前316年に蜀を攻略。その後も蜀の反乱を鎮圧し、白起と魏を攻め、楚の黔中にも進出した。秦の領土拡大と後の統一戦争を支える基盤形成に関わった生涯を詳しく解説する。
032.権臣

【魏】司馬昭|魏を終わらせ晋へ導いた実力者の生涯と評価

司馬昭(しばしょう)は、兄・司馬師の死後に魏の実権を継承し、西晋建国の基盤を築いた権力者。諸葛誕の反乱と寿春包囲戦、皇帝曹髦による討伐の決起と成済による殺害、「司馬昭の心、路人皆知る」の故事、鍾会・鄧艾を派遣した蜀征伐と劉禅の降伏、晋公から晋王への昇進、後継者司馬炎への権力継承まで、魏から晋への政権移行を主導した生涯をたどる。
01.皇后

【魏】張春華|司馬懿の正妻で司馬師・司馬昭の母、その実像を解説

張春華(ちょうしゅんか)は、三国時代の魏の権力者・司馬懿の正妻で、司馬師・司馬昭の母。司馬懿の仮病を目撃した侍女を殺害して秘密を守った逸話、柏夫人への寵愛による夫婦関係の悪化、絶食して抗議した事件、息子たちを巻き込んだ騒動、死後に西晋の宣穆皇后として追尊されるまで、司馬氏一族の権力形成を支えた女性の生涯と人物像を紹介する。