036.女性

02.妃賓

【南朝陳】張麗華|『玉樹後庭花』に象徴された傾国の美女

張麗華(ちょうれいか)とは南朝陳の後主に寵愛された美女で、国を滅ぼした要因とされる傾国の存在である。本記事ではその生涯や逸話、時代背景をわかりやすく解説。
01.皇后

馮太后|北魏を動かした女帝 “文明太后”の改革と権力の実像

馮太后(ふうたいごう)は北魏の太后として幼い皇帝を補佐し、実権を握って政治改革を進めた人物。均田制や漢化政策の基礎を築き、孝文帝の時代の改革につながる政治を行った中国史の重要な女性権力者。その生涯と政治を解説する。
01.皇后

【唐】王皇后|武則天に敗れた皇后の宮廷悲劇

王皇后(おうこうごう)とは唐の高宗・李治の皇后で、武則天との後宮争いに敗れ廃后・幽閉の末に悲劇的な最期を迎えた女性である。武則天を招いた経緯や皇女事件の逸話など、史実とともにその生涯を解説します。
02.妃賓

鄭皇貴妃|万暦帝の寵妃(孝寧太后)と国本問題の真相

鄭皇貴妃(てい こうきひ/孝寧太后)とは、明の万暦帝に寵愛され、皇位継承問題「国本問題」の中心となった后妃である。庶民出身から皇貴妃へ昇進し、晩年には失脚するも南明で太皇太后に追尊された。本記事ではその生涯と政治的影響を史実に基づいて解説する。
03.公主

【隋】義成公主|四代の突厥可汗に嫁ぎ、隋滅亡後も旧王朝を支えた公主

義成公主(ぎせいこうしゅ)は隋の宗室の公主で、突厥の可汗に嫁いだ女性。隋滅亡後は蕭皇后と楊政道を保護し、突厥の頡利可汗を唆して唐と争った。630年、唐の李靖による突厥討伐で捕らえられ処刑されたと伝えられる。
01.皇后

【唐】韋皇后|中宗と流謫を耐え、唐隆の変に倒れた「第二の武則天」

韋皇后(いこうごう)は唐の中宗の皇后で、武則天の後を継ぐかのように宮廷権力を握った人物。娘の安楽公主とともに政治を主導し「韋氏政権」と呼ばれる体制を築いたが、最終的にクーデターで滅ぼされた。その生涯と政治闘争を解説する。
03.公主

【唐】文成公主|チベット仏教をもたらし観音菩薩と崇められた唐の公主

文成公主(ぶんせいこうしゅ)は唐の時代に吐蕃(チベット)の王ソンツェン・ガンポに嫁いだ公主。唐と吐蕃の外交関係を象徴する人物であり、仏像や経典を持ち込みチベット仏教の伝来に関わったと伝えられる。チベットでは観音菩薩の化身として語られることもある。
03.公主

【北宋】福康公主|仁宗に溺愛された北宋皇女の我儘人生

福康公主(ふくこうこうしゅ)は北宋仁宗と苗氏の娘で、仁宗が特に寵愛した皇女である。李瑋との結婚と激しい不和、宦官・梁懐吉との親密な関係、夜間に宮門を開かせた事件、司馬光ら臣下の諫言、降格と復位、仁宗死後に困窮した晩年まで、『宋史』などをもとにその波乱の生涯と人物像を詳しく解説する。
03.公主

【唐】金城公主|唐と吐蕃の戦争の中で外交を担った公主

金城公主(きんじょうこうしゅ)は唐の宗室の女性で、吐蕃王ティデ・ツクツェンに嫁いだ公主。唐宮廷の政変の中で突然公主に封じられ吐蕃へ降嫁し、唐と吐蕃の外交チャンネルとして和平を仲介した。739年に没すると両国関係はさらに悪化した。
01.皇后

【前漢】衛子夫|漢の武帝の皇后となった女性と衛氏一族

衛子夫(えいしふ)は前漢の武帝の皇后で、歌姫から皇后へと上りつめた人物。弟の衛青や甥の霍去病ら名将を輩出した衛氏一族の中心となったが、晩年は巫蠱の禍に巻き込まれ悲劇的な最期を迎えた。その生涯と政治背景を解説する。