宋元

034.政治家・文官

【北宋】包拯|「包青天」と呼ばれた名臣の実像と伝説

包拯(ほうじょう)は北宋仁宗に仕え、「包青天」として後世まで名を残した官僚である。端州での清廉な統治、皇族や権臣にも屈しない諫言、開封府で訴訟制度を改めた政治、張堯佐をめぐる激しい諫争、御史中丞・枢密副使への昇進と急死まで、『宋史』をもとにその生涯・功績と伝説化された人物像を詳しく解説する。
033.武将

【北宋】狄青|西夏戦線・儂智高討伐で名を上げた名将、枢密使への出世と失脚

狄青(てきせい)は、顔に刺青を刻まれた下級兵士から北宋の枢密使に上り詰めた武将。西夏との25戦で8度負傷し、范仲淹から『左氏春秋』を与えられて兵書や歴史を学んだ。儂智高の乱では軍律を正し、昆侖関を突破して反乱軍を撃破。仁宗の信任を得て軍事の最高職に就いたが、武人の台頭を警戒する文官たちの弾劾と流言によって陳州へ転出し、1057年に49歳で病死した。
033.武将

【南宋】韓世忠|梁紅玉と金軍に抗した名将「万人敵」の生涯

韓世忠(かんせいちゅう)は、北宋末から南宋初期に活躍した武将。西夏との戦争や方臘討伐で武功を挙げ、靖康の変後は高宗に仕えた。苗劉の兵変での皇帝復位、妻・梁紅玉と金軍を迎え撃った黄天蕩の戦い、大儀鎮での勝利と淮東防衛、岳飛の処刑をめぐる秦檜への抗議、軍権を失った晩年まで、その戦歴と人物像をたどる。
033.武将

【南宋】岳飛|抗金英雄と、郾城の戦いと北伐・秦檜による処刑の真相

岳飛(がくひ)は、北宋滅亡後の南宋で金軍と戦い続けた名将。厳格な軍律で岳家軍を育て、襄陽六郡の奪還、郾城・潁昌での勝利を重ね、1140年には開封近郊の朱仙鎮まで進軍した。しかし高宗の命令で撤退し、秦檜らによる謀反の嫌疑で投獄。息子の岳雲や部将の張憲とともに1142年、39歳で処刑された。「莫須有」の冤罪、孝宗による名誉回復、岳王廟に残る後世の評価まで、その生涯をたどる。
宋元

【ミステリ】初代皇帝・趙匡胤は自然死だったのか?宋初に起きた皇位継承最大の疑案

趙匡胤は自然死だったのか?趙光義の即位は正当だったのか?斧声燭影の逸話や金匱の盟の真偽、息子が継げなかった理由まで詳しく解説。
宋元

【ミステリ】柔福帝姫は本物だったのか?南宋を揺るがせた「偽皇女事件」の謎

靖康の変で金へ連行された北宋皇女・柔福帝姫。その後、南宋に現れた「柔福帝姫」は本物だったのか、それとも偽物だったのか。高宗による本人認定、韋太后の証言、静善尼説、本物説と偽物説まで、柔福帝姫事件の真相に迫る。
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亡宋三傑|文天祥・陸秀夫・張世傑の生涯と南宋最後の抵抗

亡宋三傑と呼ばれる文天祥・陸秀夫・張世傑の生涯を史書に基づいて解説。元軍の侵攻と臨安の降伏、文天祥による江西・広東での抗戦と『正気歌』、陸秀夫による幼帝の補佐、張世傑が率いた水軍の戦い、1279年の崖山の戦いから南宋滅亡後の文天祥の処刑まで、三人の足跡をたどる。