中国史

01.皇后

【前漢】衛子夫|漢の武帝の皇后となった女性と衛氏一族

衛子夫(えいしふ)は平陽公主のもとで歌姫を務め、漢武帝の寵愛を受けて皇后となった女性である。陳皇后廃位後の冊立、皇太子劉拠の出産、弟・衛青と甥・霍去病の活躍、衛氏一族の隆盛、晩年の巫蠱の禍で劉拠を支援し自害した最期まで、その生涯と前漢宮廷の権力構造を史料から詳しく解説する。
034.文人・学者

【前漢】司馬相如|前漢武帝に仕えた「辞賦の王」・宮廷文人官僚

司馬相如(しばしょうじょ)は前漢武帝期を代表する辞賦家である。梁孝王のもとで『子虚賦』を作り、卓文君との駆け落ちを経て武帝に登用された。『上林賦』で名声を得る一方、西南夷経営にも関与。『諭巴蜀檄』『難蜀父老』などの作品、卓文君との逸話、病に苦しんだ晩年まで、『史記』『漢書』から生涯と文学を詳しく解説する。
033.武将

【前漢】李陵|匈奴に降った悲劇の名将と司馬遷を変えた男

李陵(りりょう)は前漢の名将・李広の孫で、漢武帝期に五千の歩兵を率いて匈奴の大軍と激戦を繰り広げた武将である。孤立して降伏した経緯、武帝による一族誅殺、李陵を弁護した司馬遷の宮刑、匈奴での暮らし、蘇武との再会と帰国を拒んだ最期まで、その波乱の生涯と人物像を詳しく解説する。
033.武将

【前漢】衛青|匈奴を破った前漢の大将軍の生涯・戦い・霍去病との関係

衛青(えいせい)は衛子夫の弟で、低い身分から漢武帝の大将軍へ上った前漢の名将である。龍城への奇襲、河南の地奪還、匈奴への七度の遠征、漠北の戦いでの勝利、甥・霍去病との関係、平陽公主との結婚、権勢を得ても慎重だった人物像と最期まで、『史記』『漢書』をもとにその生涯と功績を詳しく解説する。
033.武将

【前漢】霍去病|匈奴を撃破した若き将軍の生涯と実像

霍去病(かくきょへい)は漢武帝に仕え、匈奴との戦いで活躍した前漢の名将で、衛青の甥にあたる。18歳で初陣を飾り、河西遠征で匈奴を大破して驃騎将軍へ昇進。漠北の戦いで封狼居胥を遂げ、「匈奴未滅、何以家為」の逸話を残し、24歳で急死するまでの生涯と功績を史料から詳しく解説する。
034.文人・学者

【前漢】董仲舒|前漢に儒教国家を築いた天人感応説の大儒

董仲舒(とうちゅうじょ)は前漢武帝期を代表する儒学者で、『春秋』公羊学を修めた人物である。賢良対策で「天人三策」を上奏し、儒学を重視する政治を提言。天人感応説・災異説、諸子百家を退ける主張、官僚養成への影響、『春秋繁露』との関係まで、その生涯・思想と後世への影響を史料から詳しく解説する。
05.才女

【前漢】馮嫽|解憂公主に仕え、西域外交を担った「馮夫人」

馮嫽(ふうりょう)は解憂公主に仕えて烏孫へ渡り、「馮夫人」と呼ばれた前漢の女性である。西域諸国への使節、烏就屠との交渉、宣帝による派遣など、『漢書』や懸泉漢簡に残る生涯と功績を解説する。
037.宦官

【前漢】中行説|漢を裏切り匈奴に帰順した“災いの宦官”

中行説(ちゅうこうせつ/ちゅうこうえつ)は前漢の宦官で、公主随行として匈奴に派遣された後に寝返り、匈奴の側近として対漢強硬策を進めた人物。侵攻を煽り、漢に深刻な災いをもたらした“裏切りの宦官”として知られる。
032.軍師・策士

【秦】張儀|詐術で合従を崩壊させた秦の弁舌家

張儀(ちょうぎ)は秦の恵文王に仕え、連衡策を進めた戦国時代の縦横家である。魏・楚・斉などを巡って外交を展開し、楚懐王には商於六百里の割譲を約束して斉との同盟を断たせた後、六里と翻した逸話で知られる。蘇秦との関係、丹陽・藍田の戦い、秦を去って魏の相となるまでの生涯を詳しく解説する。
02.妃賓

【前漢】戚夫人|劉邦に寵愛され呂后によって「人彘」とされた漢の夫人

戚夫人(せきふじん)は前漢高祖・劉邦の寵愛を受け、趙王劉如意を生んだ妃である。劉邦が皇太子劉盈を廃して如意を後継者にしようとした宮廷抗争、呂后との対立、高祖死後の幽閉、劉如意の毒殺、「人彘」とされた凄惨な最期まで、『史記』『漢書』をもとにその生涯と悲劇の背景を詳しく解説する。