030.人物

035.宦官

魚朝恩|禁軍を掌握し神策軍の原型を築いた軍事宦官

魚朝恩(ぎょちょうおん)は唐の粛宗に重用され、皇帝直属の禁軍を掌握した軍事宦官。安史の乱で粛宗の霊武即位を支え、後世の神策軍につながる宦官軍事支配の基礎を築いた。政務にも介入し、皇太子・代宗と対立。代宗即位後に誅殺された中唐最大の専横宦官である。
035.宦官

李猪児|安禄山を刺殺した宦官

李猪児(りちょじ)は契丹出身の宦官で、安禄山に去勢されながらも側近として重用された人物。晩年に凶暴化した安禄山から暴行を受け続け、ついに安慶緒らと共謀して主君を刺殺した。復讐者であり、唐を救った暗殺者としても語られる特異な宦官である。
033.武将

封常清|常勝将軍の右腕として西域を駆けた名将

封常清(ほうじょうせい)は唐玄宗期に高仙芝の右腕として西域遠征を支えた名将。知略と軍政に優れ、小勃律・大勃律討伐で大きな功績を挙げた。一方で宦官・辺令誠の讒言により冤罪で処刑され、安史の乱悪化の一因となった悲劇の武将として知られる。
033.武将

高仙芝|唐の版図を最大に広げた常勝将軍の悲劇の最期

高仙芝(こうせんし)は唐玄宗に仕え、西域遠征で数々の勝利を収めた名将。小勃律戦の奇跡的な渡河や中央アジア制圧で唐の版図を最大に広げた。一方で宦官・辺令誠の讒言により冤罪で処刑され、安史の乱悪化の一因ともなった悲劇の英雄として知られる。
035.宦官

辺令誠|唐軍の名将を死に追いやった“安史の乱の悪化要因”

辺令誠(へんれいせい)は唐玄宗に重用された宦官で、監軍として高仙芝・封常清を讒言し処刑させた専横宦官。名将喪失は唐軍の弱体化を招き、安史の乱悪化の一因となった。乱後は長安で治安維持にあたるも安禄山側に降伏し、粛宗により斬刑に処された。
035.宦官

高力士|唐玄宗の最側近として栄華を極め忠義を尽くした宦官

高力士(こうりきし)は唐玄宗の即位前から最側近として仕え、開元の治を支えた宦官。安史の乱では玄宗に最後まで同行し、禁軍反乱の収拾のため楊貴妃を縊死させた。乱後は宦官・李輔国により流罪となり、762年に広州で病死した。忠義と権勢を併せ持つ唐代最大の宦官として知られる。
035.宦官

楊思勗|唐玄宗が最も信頼した残虐な宦官名将

楊思勗(よう しきょく)は唐玄宗に重用された宦官武将で、南方の反乱を次々と鎮圧した無敗の名将。一方で捕虜の顔や頭皮を生きたまま剥ぐ、数万人を虐殺して京観を築くなど極端な残虐行為でも知られる。宦官が大軍を率いる先例を作り、後世の宦官権力にも影響を与えた。
035.宦官

十常侍とは?後漢を崩壊へ導いた宦官集団

十常侍(じゅうじょうじ)は霊帝期に絶大な権力を握った宦官集団で、賄賂・収奪・粛清を繰り返し後漢の政治を崩壊させた。党錮の禁や何進暗殺、皇帝誘拐など数々の事件を引き起こし、三国時代の幕開けを決定づけた存在として知られる。
035.宦官

欒巴|儒者のように善政を行い、外戚の暴政を諫めて死んだ“異色の宦官”

欒巴(らんは)は後漢の宦官でありながら儒学を好み、桂陽太守・豫章太守として善政を行った異色の人物。外戚・梁氏の暴政を諫めて投獄され、霊帝期に復権するも竇武・陳蕃誅殺後に連座して自殺した。清廉で実直な“例外的な宦官”として知られる。
035.宦官

曹節|霊帝を操り、後漢の宦官政治を決定づけた実質的な主導者

曹節(そうせつ)は後漢末期の宦官で、竇武・陳蕃の誅殺を主導した黒幕。霊帝を操り、宦官政治を制度化し、一族を列侯に封じるほどの権勢を誇った。党錮の禁を悪化させ、後漢崩壊の構造的原因を作った人物として知られる。