03.公主

【唐】安楽公主|皇太女を望んだ中宗最愛の傲慢公主

安楽公主(あんらくこうしゅ)は唐中宗・李顕と韋皇后の娘で、両親の房州流謫中に生まれた皇女である。中宗復位後は武崇訓・武延秀との婚姻を背景に権勢を振るい、自らを皇太女にするよう要求。李重俊の反乱、中宗急死と毒殺説、母・韋皇后や上官婉児との関係、710年の唐隆政変で李隆基側に殺害されるまでを詳しく解説する。
03.公主

【唐】太平公主|武則天の娘から玄宗最大の政敵へ 唐王朝を揺るがした皇女の生涯

太平公主(たいへいこうしゅ)は高宗と武則天の娘で、唐の皇女として朝廷に大きな権力を持った。薛紹・武攸曁との結婚を経て政治に関与し、中宗死後は李隆基と協力して韋皇后・安楽公主を排除。睿宗朝で勢力を拡大した後、皇太子李隆基と対立し、玄宗即位後の先天政変に敗れて賜死された。その生涯と武則天以後の皇位継承争いを詳しく解説する。
03.公主

【唐】高陽公主|僧侶との密通と房遺愛謀反事件で破滅した李世民の娘

高陽公主(こうようこうしゅ)は唐太宗・李世民の娘で、宰相・房玄齢の子である房遺愛に嫁いだ皇女である。僧・辯機との密通と太宗による処刑、父帝との対立、房遺愛らが関与した謀反事件、653年に賜死された最期まで、『旧唐書』『新唐書』『資治通鑑』をもとにその生涯と事件の実像を詳しく解説する。
03.公主

【南朝宋】劉楚玉|「三十人の面首」で知られる山陰公主

劉楚玉(りゅうそぎょく)は南朝宋の孝武帝劉駿の娘で、前廃帝劉子業の同母姉にあたる山陰公主である。何戢と結婚したが、弟に男女の不公平を訴え、30人の面首を与えられたと史書は伝える。さらに褚淵を求めた逸話でも知られ、劉子業殺害後の465年、明帝劉彧の命で賜死となった。その生涯と史書が描く実像を詳しく解説する。
03.公主

【北宋】福康公主|仁宗に溺愛された北宋皇女の我儘人生

福康公主(ふくこうこうしゅ)は北宋仁宗と苗氏の娘で、仁宗が特に寵愛した皇女である。李瑋との結婚と激しい不和、宦官・梁懐吉との親密な関係、夜間に宮門を開かせた事件、司馬光ら臣下の諫言、降格と復位、仁宗死後に困窮した晩年まで、『宋史』などをもとにその波乱の生涯と人物像を詳しく解説する。
05.才女

【唐】薛濤・魚玄機・李冶|唐代「才色兼備」を象徴する三大女詩人

唐代三大女詩人と称される魚玄機・薛濤・李冶とはどんな女性だったのか。女道士となり恋愛詩を残した魚玄機、成都で多くの文人と交流し「薛濤箋」でも知られる薛濤、詩才を認められ宮廷にも召された李冶。三人の波乱に富んだ生涯、恋愛や文人との交流、代表的な詩と後世の評価を比較しながら詳しく解説する。
04.美女

【呉】歩練師|孫権に最も愛された女性と皇后になれなかった夫人

歩練師(ほ れんし/歩夫人)とはどんな人物だったのか。孫権との出会い、徐夫人との関係、後宮での地位、皇后冊立問題、孫登や群臣の反対、胡綜の上奏、死後の追贈皇后までを史実に基づいて詳しく解説。孫魯班・孫魯育の母として知られる呉前期を代表する女性の生涯に迫る。
04.美女

【呉】潘淑|孫権に寵愛された呉最後の皇后と「江東の絶色」の実像

潘淑(はんしゅく)は、三国時代の呉で奴婢から孫権の皇后となり、第2代皇帝・孫亮を生んだ女性。織室で見出された美貌、二宮の変と孫亮の皇太子冊立、姉の解放、呂后の先例への関心、宮女による殺害事件をたどる。さらに「江東の絶色」と称された美貌や榴環台伝説、石榴花神として語り継がれた後世の姿にも触れる。
04.美女

甘夫人|劉禅の母となった劉備最古参の側室と「神智婦人」の実像

甘夫人(かんふじん)は、劉備の側室であり蜀漢第2代皇帝・劉禅の母となった女性である。長坂の戦い、趙雲の救出、玉人形の逸話、「神智婦人」と呼ばれた伝説まで、史実と創作双方から詳しく解説する。
04.美女

【南朝斉】潘玉児|「歩歩生蓮」「金蓮歩」で知られる傾国の美女

潘玉児(はんぎょくじ)は南朝斉末期の東昏侯・蕭宝巻に寵愛された女性である。黄金の蓮華を敷かせた「歩歩生蓮」、宮中に市場を設けて遊んだ逸話、奢侈を重ねた蕭宝巻との関係、蕭衍の挙兵と建康陥落、南朝斉滅亡後に王茂へ与えられそうになり自縊した最期まで、史書をもとに実像と後世の傾国伝説を詳しく解説する。