05.才女

【蜀】黄月英|諸葛亮を支えた才女と“知性の良妻”

黄月英(こうげつえい)は、三国時代の蜀漢の軍師・諸葛亮の妻として知られる女性。黄承彦の娘として諸葛亮に嫁いだ経緯や、「醜女」と呼ばれた容姿の逸話、荊州の名士一族とのつながり、木牛流馬の発明や木偶人形にまつわる伝説、諸葛亮との夫婦関係を通じて、史書に残る姿と後世に形成された才女像をたどる。
05.才女

【十国】花蕊夫人|後蜀滅亡のなかで詩を残した美貌の才女の生涯

花蕊夫人(かずいふじん)とは、五代十国時代の後蜀の後主の寵妃で、詩に優れた才女として知られる。蜀の滅亡を経験し、その中で詠まれた詩とともに語られる生涯や人物像をわかりやすく解説。
05.才女

李清照|宋代を代表する女流詞人

李清照(りせいしょう)は、北宋末から南宋初期に活躍した女流詞人。夫・趙明誠との金石研究や書画収集、靖康の変による南渡、夫の死と戦乱による収蔵品の散逸、張汝舟との再婚・離婚をめぐる記録、代表作「声声慢」「如夢令」「一剪梅」、詞論や『金石録後序』まで、その生涯と文学的業績をたどる。
05.才女

【唐】上官婉児|罪人の孫娘から「女宰相」へ、武則天と中宗に仕えた才女

上官婉児(じょうかんえんじ)は祖父・上官儀の処刑で母とともに掖庭へ入り、武則天に才能を認められ詔勅を担った唐代の才女である。中宗復位後は昭容となり、韋皇后・武三思・太平公主らが争う宮廷政治に関与。詩壇や修文館にも影響を与えたが、710年の唐隆政変で李隆基に処刑された。墓誌から判明した実像まで詳しく解説する。
01.皇后

【北宋】曹皇后|宋・仁宗を支えた賢后・慈聖光献皇后

曹皇后(そうこうごう)は北宋の皇帝・宋仁宗の皇后で、慈聖光献皇后とも呼ばれる賢明な女性。宮廷の動乱の中でも冷静な判断で皇帝を支え、宋王朝の安定に貢献した人物として知られる。その生涯と北宋宮廷での役割を解説する。
01.皇后

【唐】長孫皇后|唐太宗を支えた「賢后」とその実像

長孫皇后は唐太宗・李世民の皇后で、長孫無忌の妹にあたる。玄武門の変で将兵を慰労し、皇后となった後は外戚である兄の重用を戒め、魏徴を擁護するなど太宗を諫めた。質素を重んじた宮廷生活、『女則』の編纂、36歳で迎えた最期まで、『旧唐書』『新唐書』をもとにその生涯と人物像を詳しく解説する。
01.皇后

【隋】蕭皇后|隋煬帝の皇后、亡国後も各地を流転した南朝皇族の女性

蕭皇后(しょうこうごう)は後梁皇族に生まれ、晋王・楊広の妃を経て隋煬帝の皇后となった女性である。618年に江都の政変で煬帝を失うと、宇文化及、竇建徳の勢力下を経て東突厥へ渡り、孫の楊政道らと暮らした。630年に李靖の東突厥征服によって唐へ帰還し、長安で晩年を過ごした後、煬帝と合葬されるまでの数奇な生涯を詳しく解説する。
01.皇后

【北斉】婁昭君|高歓を支え北斉皇室の母となった武明皇后の生涯

婁昭君(ろうしょうくん)とは、北斉の基礎を築いた神武帝・高歓の妻で、文宣帝高洋・孝昭帝高演・武成帝高湛らの母。無名時代の高歓を自ら夫に選び、その密謀に加わって台頭を支えた。柔然との政略結婚、侯景への進言、高殷の廃位などにも関与した北斉の「国母」の生涯と政治的影響を史実から解説する。
01.皇后

【唐】韋皇后|中宗と流謫を耐え、唐隆の変に倒れた「第二の武則天」

韋皇后(いこうごう)は唐中宗・李顕の皇后で、武則天による夫の廃位と房州流謫をともに経験した。中宗復位後は安楽公主・武三思・上官婉児らと宮廷政治に深く関与し、李重俊の反乱を経て権勢を拡大。中宗急死後に温王李重茂を擁立したが、710年に李隆基と太平公主が起こした唐隆政変で殺害された。中宗毒殺説を含む生涯と実像を詳しく解説する。
01.皇后

【西晋】賈南風|司馬遹廃殺による「八王の乱」の引き金

賈南風(かなんぷう)は賈充の娘で、西晋恵帝・司馬衷の皇后として朝廷の実権を握った。楊駿一族の粛清、司馬亮・司馬瑋をめぐる政変、張華らを登用した賈氏政権、皇太子司馬遹の廃位と殺害、趙王司馬倫の政変による失脚と賜死、八王の乱へ至る政治過程まで、『晋書』『資治通鑑』をもとに生涯を詳しく解説する。