隋唐

037.宦官

楊復恭|昭宗を擁立した唐末の権力宦官と養子軍団の反乱

楊復恭(ようふくきょう)は、唐末に田令孜と対立し、その失脚後に神策軍を掌握した宦官。僖宗の死後に昭宗を擁立して朝廷の実権を握り、養子600人を各地の監軍に配置して「外宅郎君」と呼ばれる勢力を築いた。外戚王瓌の殺害疑惑、李克用討伐をめぐる昭宗との対立、養子楊守立(李順節)の離反、891年の長安での武力衝突、楊守亮らと興元で抗戦した経緯、李茂貞による討伐と韓建に捕らえられて処刑されるまでをたどる。
037.宦官

田令孜|皇帝を連れ回して政治を混乱させた宦官

田令孜(でんれいし)は唐末の僖宗から「阿父」と呼ばれ、神策軍を掌握して朝廷の実権を握った宦官。黄巣の乱による長安陥落と蜀への逃亡、兄の陳敬瑄を西川節度使に据えた権力基盤、塩池の利権をめぐる王重栄との対立、李克用との戦争、朱玫による李熅擁立、僖宗を連れた二度目の逃亡、失脚後に王建によって殺害されるまでの生涯をたどる。
037.宦官

【唐】王守澄|憲宗末から文宗期に神策軍と枢密を握った宦官

王守澄(おうしゅちょう)は唐後期に神策軍を掌握し、穆宗・敬宗・文宗三代で権勢を振るった宦官である。憲宗の死と穆宗即位に深く関与し、宋申錫を失脚させ、鄭注を登用して朝政への影響力を拡大。しかし宦官排除を図る文宗と李訓らの策によって835年に毒殺された。甘露の変へ至る宦官政治とその生涯を詳しく解説する。
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【唐】仇士良|甘露の変から武宗擁立まで神策軍を握った宦官

仇士良(きゅうしりょう)は神策軍を掌握し、唐後期の朝廷で強大な権力を握った宦官である。文宗と李訓・鄭注が宦官排除を図った835年の甘露の変を制圧し、宰相らへの大規模な粛清を主導。文宗死後の皇位継承にも介入して武宗を擁立した。王守澄との権力争いから李徳裕との関係、引退と死後の追及まで詳しく解説する。
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【唐】魚朝恩|禁軍・神策軍を掌握した唐代の軍事宦官

魚朝恩(ぎょちょうおん)は唐の粛宗に重用され、皇帝直属の禁軍を掌握した軍事宦官。安史の乱で粛宗の霊武即位を支え、後世の神策軍につながる宦官軍事支配の基礎を築いた。政務にも介入し、皇太子・代宗と対立。代宗即位後に誅殺された中唐最大の専横宦官である。
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【唐】辺令誠|高仙芝・封常清を処刑へ追い込んだ唐の監軍宦官

辺令誠(へんれいせい)は唐玄宗に仕え、西域遠征や安史の乱で監軍を務めた宦官である。潼関では封常清・高仙芝を告発し、玄宗の勅命による両将の処刑を執行。その後も哥舒翰の軍を監督したが、潼関陥落後は安禄山側に帰順した。唐軍の長安奪還後、粛宗によって処刑されるまでの生涯と安史の乱への影響を詳しく解説する。
037.宦官

楊思勗|唐玄宗に重用された宦官武将の戦歴と残虐な処刑

楊思勗(ようしきょく)は、唐玄宗の信任を受け、南方各地の反乱を鎮圧した宦官武将。李重俊の乱や韋皇后排除への参加、安南の梅叔鸞、五渓の覃行璋、邕州の梁大海、瀧州の陳行範らとの戦い、驃騎大将軍への昇進と虢国公への封爵、捕虜の生皮を剥ぐ残虐行為、死体を積み上げた京観、牛仙童への凄惨な処刑まで、軍功と恐怖によって名を残した生涯を紹介する。