漢

03.公主

【前漢】解憂公主| 西域50年を生きた前漢の和親公主とシルクロード外交

解憂公主(かいゆうこうしゅ/劉解憂)は前漢の和親公主として西域の烏孫に嫁ぎ、約50年にわたり外交と政治の中心で活躍した女性である。匈奴との対立、烏孫王との結婚、宮廷内乱など、シルクロード史に大きな影響を与えたその生涯をわかりやすく解説する。
03.公主

【前漢】館陶公主|漢武帝を皇帝にした前漢最強の公主

館陶公主(かんとうこうしゅ/劉嫖)は漢文帝と竇皇后の娘で、景帝の姉、武帝・劉徹の叔母にあたる。栗姫と対立して王娡と結び、娘・陳阿嬌と劉徹の婚姻を通じて皇太子擁立を後押しした。武帝即位後の権勢、陳皇后廃位、董偃との関係と晩年まで、前漢宮廷で大きな影響力を持った生涯を史料から詳しく解説する。
01.皇后

【前漢】衛子夫|漢の武帝の皇后となった女性と衛氏一族

衛子夫(えいしふ)は平陽公主のもとで歌姫を務め、漢武帝の寵愛を受けて皇后となった女性である。陳皇后廃位後の冊立、皇太子劉拠の出産、弟・衛青と甥・霍去病の活躍、衛氏一族の隆盛、晩年の巫蠱の禍で劉拠を支援し自害した最期まで、その生涯と前漢宮廷の権力構造を史料から詳しく解説する。
05.才女

【前漢】卓文君|司馬相如と駆け落ちした才女の生涯と逸話

卓文君(たくぶんくん)は前漢蜀郡臨邛の富豪・卓王孫の娘で、司馬相如との駆け落ちで知られる女性である。若くして夫を失った後、相如の琴に心を動かされ夜奔し、成都での困窮を経て臨邛で酒肆を営んだ逸話、父との和解、後世に結びつけられた『白頭吟』伝説まで、『史記』『漢書』をもとに生涯と実像を詳しく解説する。
034.文人・学者

【前漢】司馬相如|前漢武帝に仕えた「辞賦の王」・宮廷文人官僚

司馬相如(しばしょうじょ)は前漢武帝期を代表する辞賦家である。梁孝王のもとで『子虚賦』を作り、卓文君との駆け落ちを経て武帝に登用された。『上林賦』で名声を得る一方、西南夷経営にも関与。『諭巴蜀檄』『難蜀父老』などの作品、卓文君との逸話、病に苦しんだ晩年まで、『史記』『漢書』から生涯と文学を詳しく解説する。
033.武将

【前漢】李陵|匈奴に降った悲劇の名将と司馬遷を変えた男

李陵(りりょう)は前漢の名将・李広の孫で、漢武帝期に五千の歩兵を率いて匈奴の大軍と激戦を繰り広げた武将である。孤立して降伏した経緯、武帝による一族誅殺、李陵を弁護した司馬遷の宮刑、匈奴での暮らし、蘇武との再会と帰国を拒んだ最期まで、その波乱の生涯と人物像を詳しく解説する。
033.武将

【前漢】衛青|匈奴を破った前漢の大将軍の生涯・戦い・霍去病との関係

衛青(えいせい)は衛子夫の弟で、低い身分から漢武帝の大将軍へ上った前漢の名将である。龍城への奇襲、河南の地奪還、匈奴への七度の遠征、漠北の戦いでの勝利、甥・霍去病との関係、平陽公主との結婚、権勢を得ても慎重だった人物像と最期まで、『史記』『漢書』をもとにその生涯と功績を詳しく解説する。
033.武将

【前漢】霍去病|匈奴を撃破した若き将軍の生涯と実像

霍去病(かくきょへい)は漢武帝に仕え、匈奴との戦いで活躍した前漢の名将で、衛青の甥にあたる。18歳で初陣を飾り、河西遠征で匈奴を大破して驃騎将軍へ昇進。漠北の戦いで封狼居胥を遂げ、「匈奴未滅、何以家為」の逸話を残し、24歳で急死するまでの生涯と功績を史料から詳しく解説する。
034.文人・学者

【前漢】董仲舒|前漢に儒教国家を築いた天人感応説の大儒

董仲舒(とうちゅうじょ)は前漢武帝期を代表する儒学者で、『春秋』公羊学を修めた人物である。賢良対策で「天人三策」を上奏し、儒学を重視する政治を提言。天人感応説・災異説、諸子百家を退ける主張、官僚養成への影響、『春秋繁露』との関係まで、その生涯・思想と後世への影響を史料から詳しく解説する。
05.才女

【前漢】馮嫽|解憂公主に仕え、西域外交を担った「馮夫人」

馮嫽(ふうりょう)は解憂公主に仕えて烏孫へ渡り、「馮夫人」と呼ばれた前漢の女性である。西域諸国への使節、烏就屠との交渉、宣帝による派遣など、『漢書』や懸泉漢簡に残る生涯と功績を解説する。