漢

037.宦官

【後漢】曹騰|後漢の宮廷で四帝に仕え、曹操の祖父となった宦官

曹騰(そうとう)は後漢唯一の善宦官と称され、安帝・順帝・沖帝・質帝・桓帝の五帝に仕えた名宦官。中常侍・大長秋に昇進し、養子の曹嵩を通じて曹操・曹丕へと続く魏の皇帝家の基盤を築いた人物。死後は敬侯に追封された。
05.才女

【後漢】蔡文姫|匈奴に連れ去られ乱世を生き抜いた悲劇の才女の生涯

蔡文姫(蔡琰)は後漢の学者・蔡邕の娘で、戦乱のなか南匈奴に連れ去られ、左賢王との間に二児をもうけた才女である。曹操による身代金での帰還、董祀との再婚、父の蔵書を記憶から復元した逸話、『胡笳十八拍』との関係まで、『後漢書』をもとにその波乱の生涯と人物像を詳しく解説する。
034.文人・学者

【後漢】蔡邕|後漢末を代表する大学者・書家・音楽家の生涯

蔡邕(さいよう)とはどんな人物だったのか。後漢末を代表する儒者・書家・音楽家として活躍した蔡邕の生涯を解説。熹平石経の編纂、宦官批判による流罪、董卓との関係、獄死の真相、焦尾琴の逸話、娘の蔡文姫や門人たち、後世への影響まで詳しく紹介する。
034.政治家・文官

【後漢】曹嵩|宦官曹騰の養子から魏の「太皇帝」となった曹操の父

曹嵩(そうすう)は曹操の父で、宦官曹騰の養子として曹氏を継いだ後漢末の人物である。実父不明の出自、夏侯氏出身説、巨額の金銭を納めて太尉となった官歴、陶謙・張闓らをめぐって史料が食い違う殺害事件、曹丕による「太皇帝」追尊まで、正史をもとにその生涯を紹介する。
01.皇后

【後漢】何皇后|後漢末の政変に翻弄された霊帝皇后・何太后の生涯

何皇后(かこうごう)とは後漢霊帝の皇后で、外戚の何進とともに権力を掌握し宦官と対立した人物である。王美人毒殺や董太后排除などの逸話、董卓による最期まで、その生涯と評価をわかりやすく解説する。
037.宦官

【後漢】欒巴|善政を行い、竇武・陳蕃の冤罪を訴えて自害した後漢の宦官

欒巴(らんは)は後漢の宦官で、儒学と道術に通じ、桂陽太守として学校の設立や官吏の教育を進め、豫章太守として巫者や祭祀を取り締まった。順帝の陵墓造営で民間の墓を守ろうと梁太后に諫言し、二十年以上の禁錮を受けた。霊帝の即位後に復帰したが、竇武・陳蕃の冤罪を訴えて自害。『神仙伝』に残る酒の雨で成都の火災を消した逸話や、宦官としての異例の経歴も紹介する。
037.宦官

【後漢】呂強|霊帝に諫言を重ね、黄巾の乱のさなかに自害した宦官

呂強(りょきょう)は後漢霊帝に仕え、宦官でありながら十常侍らの専横を批判した人物である。黄巾の乱を前に党人の赦免や汚職官僚の処罰、宦官一族への封爵抑制などを上奏した改革論、霊帝への諫言、趙忠らとの対立、誣告によって自殺へ追い込まれた最期まで、『後漢書』をもとに生涯と人物像を解説する。
037.宦官

【後漢】十常侍|霊帝に仕えた宦官勢力と後漢末の政変

十常侍(じゅうじょうじ)は霊帝期に絶大な権力を握った宦官集団で、賄賂・収奪・粛清を繰り返し後漢の政治を崩壊させた。党錮の禁や何進暗殺、皇帝誘拐など数々の事件を引き起こし、三国時代の幕開けを決定づけた存在として知られる。
037.宦官

【後漢】侯覧|巨万の賄賂と張倹弾圧で知られる宦官

侯覧(こうらん)は後漢の桓帝・霊帝期に権勢を振るった宦官である。梁冀粛清後に高郷侯へ封じられ、巨万の賄賂を受け、民家381軒・田地118頃を奪ったとして張倹から告発された。兄・侯参による収奪、張倹への報復と党人弾圧、曹節に代わって長楽太僕を領するまでの権力拡大、172年の失脚と自殺まで、『後漢書』をもとにその生涯を詳しく解説する。
037.宦官

【後漢】蹇碩|霊帝に重用され西園軍を統率した宦官の生涯

蹇碩(けんせき)は後漢末期に霊帝から最も寵愛された宦官で、西園八校尉の筆頭として軍事権を掌握。皇太子劉協(献帝)擁立を図るが外戚・何進に殺害され、その死が後漢崩壊の連鎖を引き起こした重要人物として知られる。