037.宦官

037.宦官

【北宋】梁師成|後世「六賊」の一人に数えられた「隠相」と呼ばれた宦官

梁師成(りょうしせい)は北宋徽宗に寵愛され、「隠相」と呼ばれるほど朝政に影響力を持った宦官である。詔勅を扱う立場を利用して権勢を拡大し、王黼らと結んで売官や収賄を重ね、後世「六賊」の一人に数えられた。宋金関係が緊迫する中、徽宗退位後に失脚し、欽宗の命で処分されるまでの生涯と北宋末政治での実像を詳しく解説する。
037.宦官

【北宋】童貫|北宋末期に軍権を握った最強の宦官

童貫(どうかん)は北宋徽宗に仕え、約20年にわたり兵権に強い影響力を持った宦官である。青唐・西夏戦線で軍功を重ね、方臘の乱を鎮圧し、金との海上の盟や燕雲攻略にも関与。金軍侵攻時の太原撤退で失脚し、欽宗の命で処刑された。顎髭を持つ魁梧な容貌と「六賊」に数えられた実像まで詳しく解説する。
037.宦官

【唐】高力士|唐玄宗に仕え続けた宦官の生涯と権力

高力士(こうりきし)は唐玄宗の即位前から最側近として仕え、開元の治を支えた宦官である。安史の乱では玄宗に最後まで同行し、禁軍反乱の収拾のため楊貴妃を縊死させた。乱後は宦官・李輔国により流罪となり、762年に広州で病死した。忠義と権勢を併せ持つ唐代最大の宦官として知られる。
037.宦官

【唐】李輔国|粛宗を支え大きな権力を握った唐代の宦官

李輔国(りほこく)は安史の乱で太子李亨に従い、霊武での粛宗即位を支えた唐の宦官である。粛宗の信任を得て禁軍と朝政を掌握し、玄宗を西内へ移して影響力を排除。張皇后を倒して代宗擁立にも関与し、宦官として異例の中書令・尚父に上った。程元振との関係、専権、代宗による失脚と暗殺まで詳しく解説する。
037.宦官

【唐】程元振|李輔国に代わって禁軍を掌握した唐代の宦官

程元振(ていげんしん)は唐代宗の即位を支え、李輔国失脚後に禁軍を掌握した宦官である。来瑱を讒言して死に追いやり、僕固懐恩とも対立して権勢を拡大したが、吐蕃侵攻への対応を誤り763年に長安が陥落。代宗の陝州避難を招いた責任を問われて失脚し、流刑を命じられた後の最期まで詳しく解説する。
037.宦官

【後漢】曹騰|後漢の宮廷で四帝に仕え、曹操の祖父となった宦官

曹騰(そうとう)は後漢唯一の善宦官と称され、安帝・順帝・沖帝・質帝・桓帝の五帝に仕えた名宦官。中常侍・大長秋に昇進し、養子の曹嵩を通じて曹操・曹丕へと続く魏の皇帝家の基盤を築いた人物。死後は敬侯に追封された。
037.宦官

【後漢】呂強|霊帝に諫言を重ね、黄巾の乱のさなかに自害した宦官

呂強(りょきょう)は後漢霊帝に仕え、宦官でありながら十常侍らの専横を批判した人物である。黄巾の乱を前に党人の赦免や汚職官僚の処罰、宦官一族への封爵抑制などを上奏した改革論、霊帝への諫言、趙忠らとの対立、誣告によって自殺へ追い込まれた最期まで、『後漢書』をもとに生涯と人物像を解説する。
037.宦官

【後漢】欒巴|善政を行い、竇武・陳蕃の冤罪を訴えて自害した後漢の宦官

欒巴(らんは)は後漢の宦官で、儒学と道術に通じ、桂陽太守として学校の設立や官吏の教育を進め、豫章太守として巫者や祭祀を取り締まった。順帝の陵墓造営で民間の墓を守ろうと梁太后に諫言し、二十年以上の禁錮を受けた。霊帝の即位後に復帰したが、竇武・陳蕃の冤罪を訴えて自害。『神仙伝』に残る酒の雨で成都の火災を消した逸話や、宦官としての異例の経歴も紹介する。
037.宦官

【後漢】十常侍|霊帝に仕えた宦官勢力と後漢末の政変

十常侍(じゅうじょうじ)は霊帝期に絶大な権力を握った宦官集団で、賄賂・収奪・粛清を繰り返し後漢の政治を崩壊させた。党錮の禁や何進暗殺、皇帝誘拐など数々の事件を引き起こし、三国時代の幕開けを決定づけた存在として知られる。
037.宦官

【後漢】侯覧|巨万の賄賂と張倹弾圧で知られる宦官

侯覧(こうらん)は後漢の桓帝・霊帝期に権勢を振るった宦官である。梁冀粛清後に高郷侯へ封じられ、巨万の賄賂を受け、民家381軒・田地118頃を奪ったとして張倹から告発された。兄・侯参による収奪、張倹への報復と党人弾圧、曹節に代わって長楽太僕を領するまでの権力拡大、172年の失脚と自殺まで、『後漢書』をもとにその生涯を詳しく解説する。