037.宦官

037.宦官

曹吉祥|奪門の変で英宗を復位させ、曹欽の乱で一族とともに滅んだ宦官

曹吉祥(そうきっしょう)は明代の宦官で、王振の配下として麓川征討や鄧茂七の乱の鎮圧に従軍し、奪門の変では石亨・徐有貞らと結んで英宗を復位させた。司礼監と京軍を掌握し、養子の曹欽ら一族を重用したが、言官への弾圧や人事への介入によって皇帝の警戒を招いた。石亨の失脚後、曹欽と反乱を企て、計画の発覚によって一族とともに滅亡した。
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王振|正統帝の信任を背景に権力を握り、土木の変で命を落とした明の宦官

王振(おうしん)は明の正統帝に仕えた宦官で、皇太子時代の教育係から司礼監の重臣となり、皇帝の信任を背景に朝廷で強大な権力を握った人物。張太皇太后と三楊の死後、錦衣衛を利用して李時勉ら官僚を弾圧し、人事にも介入した。1449年にはオイラトのエセンに対する正統帝の親征を後押ししたが、撤退経路の変更や土木堡での滞陣が明軍の壊滅を招いた。皇帝が捕虜となる大敗の中で王振も死亡し、その一族は敗戦の責任を問われて処罰された。
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亦失哈(イシハ)|黒竜江下流へ派遣された明の宦官

亦失哈(イシハ)は、永楽帝から宣徳帝の時代にかけて明の北東方面への進出を担った宦官である。黒竜江下流域への遠征を重ね、女真諸部との朝貢関係を築くとともに、奴児干都司の運営や永寧寺の建立・再建に関与した。鄭和が海上で活動した時代、北方の辺境で明の影響力を広げた亦失哈の事績と歴史的役割をたどる。