031.皇族・王族

031.皇族・王族

【南朝陳】陳叔陵(始興王)|墓を暴き、兄・陳叔宝を襲った陳宣帝の皇子

陳叔陵(ちんしゅくりょう)は南朝陳の宣帝・陳頊の皇子で、後主・陳叔宝の異母弟である。始興王として江州を治める一方、墓を暴いて遺骨を集めた奇行でも知られた。582年、父の死直後に皇太子陳叔宝を薬刀で襲撃して重傷を負わせ、皇位奪取を図るが失敗。東府城で挙兵した末、蕭摩訶の軍に敗れて殺害された。その生涯と政変の経緯を詳しく解説する。
031.皇族・王族

【魏】曹昂|窮地に陥った父へ馬を譲り戦場に散った曹操の長男

曹昂(そうこう)は曹操の長男であり、字は子脩。生母劉夫人の早世後は丁夫人に育てられ、弱冠で孝廉に推挙された。建安2年の宛城の戦いでは父曹操に馬を譲って脱出させ、自らは張繡軍に討たれた。正史『三国志』をもとに、その生涯と死後の追封まで詳しく解説する。
031.皇族・王族

【魏】曹沖|曹操が愛した神童の生涯と逸話

曹沖(そうちゅう)は曹操の子として生まれた神童である。象の重さを量った逸話をはじめ、罪人を救った話や曹操が後継者に望んだ記録、十三歳での早世、死後の追贈まで、正史『三国志』をもとに詳しく解説。
031.皇族・王族

【魏】曹彪|皇帝擁立を企てられ、王凌の乱に連座した曹操の子

曹彪(そうひょう)は曹操の子で、字は朱虎。曹植の「贈白馬王彪」で知られ、晩年には王凌・令狐愚から皇帝候補として擁立を企てられた。朱建平による「五十七歳の兵難」の予言から、司馬懿による王凌討伐、曹彪の自決、死後の曹嘉復封まで、史料をもとにその生涯を紹介する。
031.皇族・王族

【魏】曹宇|曹叡に後事を託され、魏最後の皇帝の父となった曹操の子

曹宇(そうう)は曹操と環夫人の子で、曹沖・曹拠の同母弟である。曹叡から厚く信頼され、病床の曹叡から大将軍に任じられて後事を託されたが、輔政から外された。のちに息子の曹奐が魏最後の皇帝となり、自身は西晋まで生きた。曹宇の生涯を正史『三国志』や裴松之注の逸話とともに紹介する。
031.皇族・王族

朱高煦|永楽帝に寵愛された漢王の皇位継承争いと壮絶な最期

朱高煦(しゅこうく)は、永楽帝朱棣の次男として靖難の変で軍功を挙げ、兄の朱高熾と皇位を争った漢王。皇太子排斥や私兵養成によって父と対立し、洪熙帝の死後には甥の宣徳帝に反旗を翻した。漢王の乱と宣徳帝の親征、楽安での降伏、幽閉後に銅缸で焼き殺されたと伝わる壮絶な最期まで、その生涯をたどる。