中国史

02.妃賓

董鄂妃|順治帝が溺愛した順治帝の出家伝説

董鄂妃(ドンゴヒ)は順治帝の寵愛を受け、入宮後わずかな期間で皇貴妃へ昇進した清朝の妃である。皇四子を産むが幼くして失い、自身も22歳で死去。順治帝は深く悲しみ、皇后に追尊して自らその生涯を記した。皇帝が翌年に急逝したことで生まれた五台山出家伝説や董小宛との同一人物説まで、史実と伝説を分けて詳しく解説する。
031.皇帝

福臨(順治帝)|清の中国支配を進めた若き皇帝の生涯を解説

順治帝(福臨/フリン)はホンタイジの死後、わずか6歳で即位した清朝第3代皇帝である。ドルゴンの摂政下で北京へ入り、清による中国支配が本格化。親政後は南明勢力との戦争や統治体制の整備を進めた。董鄂妃を深く寵愛したことでも知られ、その死後には出家を望んだとする伝説も残る。24歳で急逝し、康熙帝へ皇位が継承されるまでの生涯を詳しく解説する。
01.皇后

孝荘文皇后(孝荘太后)とは|ホンタイジ・順治帝・康熙帝の三代を生きた清朝の太皇太后

孝荘文皇后(孝荘太后)はモンゴル・ホルチン部出身で、ホンタイジの荘妃となり順治帝を産んだ女性である。ホンタイジ急死後の幼帝即位とドルゴン摂政、清の北京入城を経験し、順治帝死後は太皇太后として幼い康熙帝を支えた。清朝三代にわたる生涯と政治的影響、ドルゴンとの再婚説など後世の伝説まで詳しく解説する。
古代

【ミステリ】徐福はどこへ消えたのか?二度の航海と日本渡来説の真相

徐福はなぜ戻らなかったのか?始皇帝の命で不老不死の薬を求めた航海と失踪の謎、日本渡来説や逃亡説などを史料とともに詳しく解説します。
05.才女

秦淮八艶|明末清初を生きた八人の名妓

秦淮八艶(しんわいはちえん)は明末清初、南京の秦淮河周辺の文化と結びつけて語られる八人の名妓。柳如是と銭謙益、李香君と侯方域、董小宛と冒襄の関係をはじめ、顧横波・卞玉京・寇白門・馬湘蘭・陳円円の詩画や芸能、明朝滅亡後の境遇をたどる。清朝への抵抗や復明運動、桃花扇に残る逸話と史実の違いも取り上げる。
03.公主

長平公主|崇禎帝に左腕を斬られ、明滅亡後も生き延びた皇女の生涯

長平公主(ちょうへいこうしゅ)は明最後の皇帝・崇禎帝の娘。1644年の北京陥落で父帝に左腕を斬られながら生き延び、清朝下で出家を願うも認められず、婚約者の周顕と結婚した後に若くして病没した。皇太子を名乗る少年の真偽をめぐる事件への関与、独臂神尼の伝説、戯曲『帝女花』に描かれた悲恋まで、史実と創作の違いを明らかにする。
04.美女

陳円円|呉三桂と明清交代の伝説に名を残した秦淮八艶

陳円円(ちんえんえん)は明末清初の名妓。蘇州で名を上げ、冒襄との縁談を経て呉三桂の側室となった。李自成軍による北京占領後、呉三桂が清軍と結んで山海関で戦った経緯、呉偉業の「円円曲」に描かれた「衝冠一怒為紅顔」の由来、三藩の乱と晩年の出家説、貴州に残る墓の伝承まで、史実と後世の物語を区別してたどる。
06.女傑

秦良玉|明末動乱期に白杆兵を率いた女武将の生涯

秦良玉(しんりょうぎょく)は、明末に白杆兵を率いて戦った女性武将。夫・馬千乗の死後に石砫の軍政を継ぎ、後金との渾河の戦いで兄・秦邦屏を失いながらも抗戦を続けた。崇禎帝の北京防衛に駆けつけて詩を賜り、四川では張献忠らの反乱軍と戦った。息子・馬祥麟の戦死、南明への忠誠、死後の石砫防衛まで、その生涯と戦功をたどる。
06.女傑

沈雲英|父の遺体を奪還し、遊撃将軍となった明末の女性武将

沈雲英(しんうんえい)とは、明末に活躍した女性武将。父の遺志を継いで軍を率い、各地で戦功を挙げた女傑である。その生涯や戦い、忠義に生きた最期までをわかりやすく解説。
031.皇帝

朱由検(崇禎帝)|明王朝最後の皇帝の生涯と最期

崇禎帝・朱由検(しゅゆうけん)は、明王朝最後の皇帝。17歳で即位して魏忠賢を排除したが、袁崇煥の処刑や重臣の相次ぐ更迭で朝廷は混乱した。後金・清との戦争、軍費増大と増税、李自成らの農民反乱に苦しみ、1644年に北京が陥落。長平公主との悲劇、景山での自害、明滅亡後の皇族の運命までをたどる。