【殷】妲己|殷を滅ぼした妖姫か、九尾の狐へ変貌した「悪女」の実像

妲己(殷の妖妃) 04.美女

妲己(だっき)は、殷(商)王朝最後の王・帝辛、いわゆる紂王の寵姫として知られる女性である。
中国史を代表する「悪女」「妖姫」として名高く、
褒姒驪姫と並んで傾国の美女の代表に数えられてきた。

とりわけ後世の『封神演義』では、妲己は紂王を惑わせる九尾の狐として登場する。
酒池肉林を楽しみ、炮烙をはじめとする残酷な刑罰を紂王に行わせ、
ついには殷王朝を滅亡へ導く妖女というイメージは、現在でも広く知られている。

しかし史料を古い順にたどると、妲己の姿はかなり異なる。
古い文献に見えるのは
「紂王から非常に寵愛され、その言葉を聞き入れられた女性」という程度であり、
時代が下るにつれて政治への介入、残虐性、美貌による誘惑といった要素が付け加えられていく。
さらに明代の『封神演義』に至って、人間の女性だった妲己そのものが九尾の狐へと変貌した。

妲己とは、単に「殷を滅ぼした悪女」なのではない。
殷王朝滅亡の記憶に、後世の政治思想や女性観、
そして文学的想像力が幾重にも重なって作り上げられた人物なのである。

妲己とは?紂王に寵愛された有蘇氏の女性

妲己の生年や家族関係について、確実な記録は残されていない。
後世の史料では「有蘇氏」の女性とされる。
『国語』晋語には、殷の帝辛が有蘇を討伐し、有蘇氏が妲己を差し出したと記されている。
妲己は帝辛の寵愛を受け、その後の殷の滅亡と結びつけて語られた。

つまり伝承上の妲己は、もともと紂王の宮廷にいた女性ではなく、
殷が有蘇を攻めたことを契機として王のもとへ入った女性だったことになる。

後世に編まれた『竹書紀年』の輯本にも、
帝辛九年に有蘇を討ち、妲己を得て帰ったとする記述が残る。
ただし年代までそのまま史実として確定できるわけではなく、
「有蘇との戦いを経て妲己が紂王のもとへ入った」
という伝承が存在したことを見る材料とした方がよい。

また『史記』索隠は『国語』を引き、
妲己について「妲」が名、「己」が姓であるという解釈を示している。
後世の『封神演義』では「蘇妲己」の名で知られるが、
史料上の「有蘇氏」と、小説における「蘇護の娘・蘇妲己」とは、そのまま同一視すべきではない。

『尚書』に見える「婦人の言葉を用いた紂王」

妲己について考えるうえで興味深いのが、『尚書』牧誓である。

牧野の戦いを前に、周の武王が軍勢に語ったとされる言葉の中には、
妲己という名そのものは登場しない。

しかし商王・受、すなわち紂王について
「婦人の言葉ばかりを用いている」という趣旨の批判が記されている。
さらにその直前には、
「雌鶏は朝を告げない。雌鶏が朝を告げれば家が滅びる」という比喩が置かれている。
後世の注釈では、
女性が政治に関与して男性の役割を奪えば国家が滅びるという戒めとして解釈された。

ここでは女性の名前は示されていないため、それを直ちに妲己と断定することはできない。
しかし後世の人々にとっては、
紂王が女性の言葉に従ったという伝承と妲己の存在が容易に結びついた。

この「王が女性の言葉を聞いたために国が乱れた」という構図は、
その後の妲己像を考えるうえで重要である。
妲己が単なる寵姫から「傾国の女」へ変化していく背景には、
王朝滅亡を君主の女性関係と結びつけて説明する政治思想が存在していた。

『史記』が伝える妲己|「妲己の言うことにはすべて従った」

妲己について最も広く知られる史書の記述が、司馬遷の『史記』殷本紀である。
『史記』は紂王について、
頭の回転が速く、知識が豊富で、猛獣を素手で倒せるほど身体能力にも優れていた人物として描く。
その一方で、自らの能力を過信し、人の諫言を退け、酒と享楽を好んだとしている。

その直後に妲己が登場する。
紂王は妲己を深く愛し、「妲己之言是従」、すなわち妲己の言葉には従ったと記されている。

『史記』の妲己に関する直接的な記述は、実はそれほど長くない。
しかし重要なのは、その後に紂王の奢侈と暴政が連続して記されていることである。

紂王は新しい淫靡な音楽や舞踊を作らせ、
重い税を課して鹿台に財貨を蓄え、巨大な倉に穀物を集めた。
また宮殿には珍しい動物や品々を集め、沙丘の苑台を拡張した。
そして沙丘では酒を満たした池を作り、
肉を林のように吊るし、男女を裸にしてその間を追いかけさせ、夜通し宴を続けたとされる。
ここから「酒池肉林」という有名な言葉が生まれた。

したがって、「酒池肉林はすべて『封神演義』が作った話」というわけではない。
少なくとも前漢時代に成立した『史記』には、すでに紂王の逸話として記されている。

ただし注意すべきなのは、『史記』が「妲己が酒池肉林を考案した」とは書いていないことである。
妲己を寵愛してその言葉に従ったことと、紂王が奢侈にふけったことは続けて記されているが、
個々の行為を妲己が命令した、あるいは妲己を喜ばせるために行ったとは明記されていない。

後世になると、この空白部分が次第に妲己の「悪行」で埋められていくことになる。

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酒池肉林と炮烙|どこまで妲己の悪行なのか

紂王の暴政を象徴するもう一つの逸話が「炮烙(ほうらく)」である。
『史記』殷本紀は、民衆の怨みが強まり諸侯が離反するなか、
紂王が刑罰を重くし、炮烙の刑を設けたと記している。
炮烙とは後世の説明では、熱した銅柱などを用いて人を苦しめる残酷な刑罰とされる。

ここでも『史記』は、炮烙を作った主体を紂王としている。妲己が考案したとは記されていない。
ところが前漢の劉向が編纂したとされる『列女伝』になると、妲己の残虐性は一段と強くなる。

『列女伝』の「殷紂妲己」では、紂王が炮烙の刑を作り、
罪人が熱した銅柱から炭火の中へ落ちる様子を見ると、妲己が笑ったと記される。
ここでは妲己は単に紂王から寵愛された女性ではなく、残酷な刑罰を楽しむ女性として描かれている。

この違いは大きい。
『史記』の段階では、
「妲己を寵愛して言葉に従う紂王」と「残虐な刑罰を行う紂王」が描かれている。
それが『列女伝』では、紂王の残虐行為を妲己自身が喜ぶという形に変化した。

妲己の「妖妃」化は、一冊の小説によって突然生まれたものではない。
長い年月をかけて、紂王の暴政と妲己が少しずつ強く結びつけられていったのである。

『呂氏春秋』『列女伝』で強まる政治への介入

妲己が政治そのものを動かしたという伝承も、後世になるほど具体化する。

戦国末期に成立した『呂氏春秋』には、
商王が大いに乱れ、酒に溺れ、箕子を遠ざけたうえで「妲己為政」、
すなわち妲己が政治を行い、賞罰に一定の基準がなくなったとする記述がある。

これは『史記』の「妲己の言うことに従った」という表現よりも一歩踏み込んでおり、
妲己自身が政治権力を振るったかのような描写になっている。

さらに『列女伝』は、
その書名が示すように女性たちの行動を徳や不徳の見本として分類した書物であり、
妲己は「孽嬖伝」、すなわち王から寵愛されて災いをもたらした女性たちを扱う章に収められている。

ここでは妲己は歴史上の一女性であると同時に、
「君主が寵姫に溺れれば国家が滅びる」という教訓を示すための典型例になっている。
妲己像には、殷末期の出来事についての記憶だけではなく、
後世の政治的・道徳的価値観も色濃く入り込んでいるのである。

妲己は絶世の美女だったのか

現在の妲己には、「紂王がすべてを忘れてしまうほどの絶世の美女」というイメージがある。
しかし、古い史料ほど妲己の容貌について具体的には語っていない。

『史記』本文が強調するのは、紂王が妲己を愛し、その言葉に従ったことであって、
顔立ちや身体的特徴を詳細に描いているわけではない。
一方、『史記』の注釈に引用された皇甫謐の説では、妲己を有蘇氏の美女としている。

やがて「君主を惑わせた女性」であることと「並外れて美しい女性」であることが結びつき、
妲己は傾国の美女の代表となった。

中国の歴史叙述や文学では、
夏の桀王には妹喜、殷の紂王には妲己、西周の幽王には褒姒というように、
王朝滅亡と寵姫を一組にして語る伝統が生まれていった。


『国語』にもすでに、妹喜・妲己・褒姒を王朝の混乱と結びつけて並べる記述が見える。
後世の妲己が「紅顔禍水」、すなわち美しい女性が男性を惑わせ、
災いをもたらすという観念を象徴する存在として扱われるようになったのも、
こうした歴史観の延長にある。

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『封神演義』で妲己は九尾の狐になる

現在知られている妲己像を決定づけた作品が、代に成立した神魔小説『封神演義』である。

『封神演義』では、歴史上の妲己と妖狐が完全に結びつけられた。
物語の冒頭、紂王は女媧廟を訪れ、女媧の像の美しさに心を奪われて不敬な詩を書く。
怒った女媧は妖怪たちを呼び寄せ、その中から千年狐狸精、九頭雉鶏精、玉石琵琶精の三妖に、
殷の宮廷へ入り紂王を惑わせるよう命じる。

この千年狐狸精が、人間の妲己の姿を奪う。
小説では妲己は冀州侯・蘇護の娘として生まれるが、
宮廷へ向かう途中の恩州駅で狐狸精に命を奪われ、その身体を借りられる。
以後、紂王の前に現れる「妲己」は、人間の蘇妲己ではなく九尾の狐なのである。
物語終盤でも姜子牙が、九尾の狐が蘇妲己を殺してその身体を借りた存在であることを明言している。

ここから妲己の悪行は一気に増える。
『封神演義』では、
炮烙、蠆盆、酒池肉林、鹿台、忠臣への残虐な処刑などが妖狐妲己の罪として集約される。
紂王の暴虐として古くから伝えられてきたさまざまな説話が、
妲己という一人の妖女を中心に再構成されたのである。

しかも女媧は三妖に紂王を惑わせるよう命じながら、人々を残虐に殺せとは命じていなかった。
最後には妲己たちの行き過ぎた悪行を咎め、三妖を捕縛させる。

妲己は処刑される直前までその美貌で兵士を惑わせ、兵士たちは刀を振り下ろすことさえできない。
最終的には姜子牙によって首を斬られる。
ここでは「見る者すべてを惑わせる絶世の美女」という妲己像が、完全な形で完成している。

妲己の最期|『史記』では周の武王に殺される

妖狐となった妲己の最期は『封神演義』の創作だが、
妲己が殷の滅亡時に殺されたという話自体は古い。

『史記』殷本紀によれば、牧野の戦いで殷軍が敗れると、
紂王は鹿台に登り、宝玉を身につけて火の中に入り自ら命を絶った。
周の武王は紂王の首を斬って白旗に掲げ、続いて妲己を殺したと記されている。


ただし『史記』は、その場面で妲己がどのように捕らえられ、
どのような方法で殺されたのかまでは詳しく説明していない。
後世の文学はこの短い記述を大きく膨らませ、
『封神演義』では妖狐妲己の捕縛と処刑を劇的な物語へ変えたのである。

妲己は本当に殷を滅ぼしたのか

では、妲己は本当に殷王朝を滅ぼした女性だったのだろうか。
この問いについては、「史料にそう書いてある」ということと
「実際の殷滅亡の原因だった」ということを分けて考える必要がある。

『国語』『呂氏春秋』『史記』『列女伝』など、
後世の文献が妲己と殷の滅亡を結びつけていること自体は確かである。
特に「紂王が妲己の言葉に従った」という伝承は古くから存在していた。

しかし一方で、『史記』自身が描く殷末の混乱を見ても、問題は妲己一人に限られていない。
紂王自身の政治姿勢、重税と奢侈、刑罰の強化、諫言する臣下の排斥、諸侯の離反、
そして西方で勢力を拡大した周との軍事的対立など、王朝崩壊に至る要素は複数存在する。
『史記』は費仲や悪来といった寵臣の登用についても、
諸侯が紂王から離れていく一因として記している。

そもそも国家の滅亡を一人の寵姫だけで説明することには無理がある。
むしろ妲己は、敗れた殷王朝の最後の王・紂王の失政を説明する物語の中で、
その責任を象徴する存在へ変えられていったと見る方が自然である。


そしてその過程には、「有能な君主は女性の言葉に惑わされてはならない」という
古代・前近代中国の政治思想も大きく関係している。
妲己がどこまで実際に政治へ関与したのか、紂王の政策決定にどの程度影響したのかを、
現在残る史料だけから確定することはできない。

「歴史上の妲己」と「伝説の妲己」

妲己を理解する際、最も重要なのは
「史料に登場する妲己」と「文学の中の妲己」を分けることである。

『国語』では、有蘇氏から紂王のもとへ入り、寵愛された女性として現れる。
『尚書』牧誓では妲己の名こそ出ないものの、
紂王が「婦人の言葉」を用いたことが王の罪として非難される。
『呂氏春秋』では妲己が政治を行ったとされ、
『史記』では紂王が妲己を愛し、その言葉に従ったことが記される。
さらに『列女伝』になると、妲己は炮烙の刑を見て笑う残酷な女性となる。
そして明代の『封神演義』では、ついに妲己そのものが九尾の狐となり、
紂王を惑わせ、残虐な行為を次々と行わせる妖怪として完成した。

つまり妲己の人物像は、時代が下るにつれて次第に具体的かつ残虐になっている。
「王に寵愛された女性」から「政治を乱す寵姫」へ、「残酷な悪女」から「人間ですらない妖狐」へ――妲己は二千年以上にわたる物語の積み重ねによって、中国史上最も有名な妖姫になったのである。

まとめ|妲己は「歴史」と「物語」の中で作られた妖姫

妲己は殷王朝最後の王・紂王に寵愛された女性として、古代中国の文献にその名を残している。
『国語』では有蘇氏から紂王のもとへ入った女性とされ、
『史記』には紂王が妲己を愛し、その言葉に従ったことが明記されている。
一方、酒池肉林や炮烙といった紂王の暴虐も『史記』の段階ですでに記録されているが、
それらを妲己自身が考案したとは書かれていない。

それが『呂氏春秋』や『列女伝』などを経るにつれ、
妲己は政治に介入し、残酷な刑罰を喜ぶ女性として描かれるようになった。
そして『封神演義』では、人間の妲己を殺してその身体を奪った九尾の狐という設定が加わり、
現在知られる「妖妃・妲己」の姿が完成する。

したがって妲己を「殷を滅ぼした悪女」とだけ説明するのは十分ではない。
歴史上の妲己について確実に言えることは意外なほど少なく、
その人物像の大部分は後世の歴史叙述と文学によって形作られてきた。

妲己とは、殷王朝滅亡の責任を背負わされた寵姫であると同時に、
時代を重ねるごとに悪女から妖女へ、そして九尾の狐へと変貌していった、
中国史上でも特に劇的な「伝説化」を遂げた女性なのである。

史書・参考文献

・『尚書』周書「牧誓」
・『国語』「晋語一」
・『竹書紀年』(今本)
・『呂氏春秋』先識覧「先識」
・『史記』巻3「殷本紀」
・劉向『列女伝』巻7「孽嬖伝・殷紂妲己」
・『封神演義』

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