2026-05

037.宦官

【後漢】蔡倫|製紙法を革新し文明を変えた後漢の宦官

蔡倫(さいりん)は後漢の宦官で、樹皮・麻くず・ぼろ布・魚網などを用いて製紙法を改良し、「蔡侯紙」で知られた人物である。中常侍・尚方令として和帝に仕え、鄧綏のもとで龍亭侯に封じられた一方、竇皇后に従って宋貴人を陥れた事件が安帝期に再燃。出頭を命じられ自殺するまでの生涯と功績を『後漢書』から詳しく解説する。
01.皇后

【後漢】竇皇后|無子で後宮を支配した皇后と外戚政治の実態

竇皇后(章徳竇皇后)は後漢章帝の皇后で、実子を持たず梁貴人の子・劉肇を養育した。宋貴人を陥れて皇太子劉慶を廃し、劉肇を皇太子に擁立。和帝即位後は皇太后として臨朝し、兄・竇憲ら外戚竇氏が権力を掌握した。和帝による竇氏粛清と97年の死まで、その生涯と外戚政治の実像を解説する。
037.宦官

【後漢】鄭衆|外戚竇憲を誅した“宦官政治の起点”となった後漢の宦官

鄭衆(ていしゅう)は後漢和帝に仕え、外戚・竇憲一族の排除に協力した宦官である。竇太后と竇氏が朝廷を支配するなか和帝の信任を得て政変を支え、功績により宦官として初めて封侯された。大長秋として重用された生涯、養子への爵位継承と後漢の宦官政治に残した影響まで、『後漢書』をもとに詳しく解説する。
033.武将

【後漢】竇憲|外戚権力の頂点と北方遠征の栄光

竇憲(とうけん)は後漢章帝の皇后・竇太后の兄で、外戚として権力を握った武将である。劉暢殺害事件から北匈奴遠征へ転じ、89年に稽落山で大勝して燕然山に功績を刻んだ。班固らを幕僚に従え、大将軍として朝廷を掌握した専横と、和帝・鄭衆の政変による失脚・自害まで、その生涯と功罪を詳しく解説する。
01.皇后

【後漢】陰麗華|光武帝が「娶妻当得陰麗華」と語った皇后

陰麗華(いんれいか)は後漢の光武帝・劉秀の皇后で、慎み深く賢明な人物として知られる。光武帝が若き日に「仕えるなら陰麗華のような妻」と語った逸話でも有名で、中国史における理想の皇后の一人とされる。その生涯と後漢宮廷の背景を解説する。