中国史

01.皇后

【南宋】李鳳娘|「黒い鳳凰」と恐れられた美しき皇后の狂気と実像

李鳳娘(りほうじょう)は南宋第3代皇帝・光宗の皇后。嫉妬深い性格を伝える史書には、宮女の手を切り落とした事件や黄貴妃殺害の記録が残る。孝宗と光宗の父子関係の悪化、嘉王趙拡の皇太子冊立をめぐる対立、孝宗の葬儀にも参列しなかった光宗の退位、寧宗即位後の晩年まで、宮廷を揺るがした行動とその政治的影響をたどる。
04.美女

【唐】楊貴妃(楊玉環)|盛唐を象徴した絶世の美女と「長恨」の伝説

楊貴妃(楊玉環)は唐玄宗の寵愛を受け、中国四大美女に数えられた女性である。寿王李瑁の妃から女道士を経て貴妃となった経緯、楊国忠ら一族の栄達、安禄山との関係、安史の乱勃発と長安脱出、馬嵬駅で死を命じられた最期、『長恨歌』による伝説化まで、史料をもとにその生涯と実像を詳しく解説する。
06.女傑

【南宋】梁紅玉|韓世忠とともに金軍に抗した南宋の女傑・黄天蕩の戦いと生涯

梁紅玉(りょうこうぎょく)は、南宋の名将・韓世忠の妻として金軍との戦いに関わった女性。高宗が皇位を奪われた苗劉の兵変では復位に貢献し、黄天蕩の戦いでは太鼓を打って宋軍を鼓舞したと伝わる。金軍の脱出を許した夫を弾劾した記録、安国夫人・護国夫人の封号、出自や戦死をめぐる伝承まで、その生涯と後世の女将軍像をたどる。
04.美女

貂蝉|三国志で呂布と董卓を翻弄した中国四大美女

貂蝉(ちょうせん)は董卓と呂布を離間させた「連環の計」で知られる中国四大美女の一人である。正史『三国志』に貂蝉の名はないが、董卓の侍婢と呂布の密通は記録される。王允の養女として二人を翻弄する『三国志平話』『三国志演義』での物語、鳳儀亭の逸話、実在性とモデル説、後世の美女像まで詳しく解説する。
04.美女

【魏】甄宓(甄夫人)|曹丕の妻・曹叡の母となった文昭皇后の生涯と賜死

甄宓(しんふく)は袁紹の子・袁熙の妻となったのち曹丕に嫁ぎ、魏の明帝・曹叡を生んだ女性である。曹操による鄴攻略から曹丕との結婚、郭女王との関係、曹丕による賜死と死後の皇后追尊、曹植『洛神賦』との伝説まで、正史『三国志』をもとにその生涯と人物像を詳しく解説する。
04.美女

【呉】大喬・小喬|江東に咲いた「二喬」三国志随一の美女姉妹

大喬(だいきょう)・小喬(しょうきょう)は後漢末期、江東の孫策と周瑜に迎えられた姉妹で、「江東の二喬」と称される美女として知られる。皖城攻略を機に孫策が大喬、周瑜が小喬を迎えた経緯、孫策の早世と周瑜の赤壁での活躍、正史に残るわずかな記録、杜牧の「赤壁」や『三国志演義』で描かれた曹操の銅雀台への野望、後世に広まった伝説と史実の違いを紹介する。
04.美女

【呉】歩練師|孫権に最も愛された女性と皇后になれなかった夫人

歩練師(ほ れんし/歩夫人)とはどんな人物だったのか。孫権との出会い、徐夫人との関係、後宮での地位、皇后冊立問題、孫登や群臣の反対、胡綜の上奏、死後の追贈皇后までを史実に基づいて詳しく解説。孫魯班・孫魯育の母として知られる呉前期を代表する女性の生涯に迫る。
04.美女

【西晋】緑珠|石崇に愛され楼から身を投じた悲劇の美女

緑珠(りょくしゅ)は西晋の大富豪・石崇が寵愛した妓女で、美貌と笛の名手として知られた。趙王司馬倫の側近・孫秀が緑珠を要求するも石崇は拒絶。政争のなか石崇が逮捕されると、金谷園の楼から身を投じて命を絶った。『晋書』に残る生涯と石崇・孫秀との関係、後世に広がった緑珠伝説を詳しく解説する。
05.才女

【北宋】李師師|宋・徽宗を魅了した才色兼備の名妓

李師師(りしし)は北宋末期の開封で名を馳せ、徽宗の寵愛を受けたと伝わる名妓。歌舞や詞に優れた才芸、皇帝の密かな訪問、詞人・周邦彦との恋愛譚、『水滸伝』で燕青を助ける役割、靖康の変による北宋滅亡後の消息まで、史料に残る記述と後世の伝説を区別しながら、その生涯と人物像をたどる。
04.美女

【南朝斉】潘玉児|「歩歩生蓮」「金蓮歩」で知られる傾国の美女

潘玉児(はんぎょくじ)は南朝斉末期の東昏侯・蕭宝巻に寵愛された女性である。黄金の蓮華を敷かせた「歩歩生蓮」、宮中に市場を設けて遊んだ逸話、奢侈を重ねた蕭宝巻との関係、蕭衍の挙兵と建康陥落、南朝斉滅亡後に王茂へ与えられそうになり自縊した最期まで、史書をもとに実像と後世の傾国伝説を詳しく解説する。