時代

035.宦官

仇士良|甘露の変を制し皇帝をも支配した唐後期の軍事宦官

仇士良(きゅうしりょう)は唐後期の軍事宦官で、甘露の変を制して文宗を拘束し、宰相を大量処刑した権臣。神策軍を掌握して皇位継承にも介入し、武宗を擁立するなど皇帝以上の権力をふるった。唐後期宦官専権の象徴とされる人物である。
035.宦官

程元振|李輔国を倒し禁軍を掌握した“中唐の危険な軍事宦官”

程元振(ていげんしん)は唐代の軍事宦官で、代宗即位後に李輔国を暗殺して禁軍を掌握した人物。内廷と軍事を同時に支配し、讒言で忠臣を失脚させるなど専横を極めたが、吐蕃侵攻を黙殺して長安陥落を招き、失脚後に流刑途中で殺害された。
035.宦官

李輔国|唐王朝で初めて皇帝を操った宦官

李輔国(りほこく)は粛宗を霊武で即位させた立役者で、唐代で初めて宰相級の権力を握った宦官。玄宗を圧迫し、張皇后を排除して皇位継承を左右したが、専横が極まり代宗により暗殺された。中唐の宦官政治を象徴する人物である。
035.宦官

神策軍とは?唐後期の宦官軍事政権をわかりやすく解説(年表付き)

安史の乱後、唐王朝では宦官が禁軍を掌握し、神策軍を中心とする軍事支配体制が成立した。その流れを図で解説。
035.宦官

魚朝恩|禁軍を掌握し神策軍の原型を築いた軍事宦官

魚朝恩(ぎょちょうおん)は唐の粛宗に重用され、皇帝直属の禁軍を掌握した軍事宦官。安史の乱で粛宗の霊武即位を支え、後世の神策軍につながる宦官軍事支配の基礎を築いた。政務にも介入し、皇太子・代宗と対立。代宗即位後に誅殺された中唐最大の専横宦官である。
035.宦官

李猪児|安禄山を刺殺した宦官

李猪児(りちょじ)は契丹出身の宦官で、安禄山に去勢されながらも側近として重用された人物。晩年に凶暴化した安禄山から暴行を受け続け、ついに安慶緒らと共謀して主君を刺殺した。復讐者であり、唐を救った暗殺者としても語られる特異な宦官である。
033.武将

封常清|常勝将軍の右腕として西域を駆けた名将

封常清(ほうじょうせい)は唐玄宗期に高仙芝の右腕として西域遠征を支えた名将。知略と軍政に優れ、小勃律・大勃律討伐で大きな功績を挙げた。一方で宦官・辺令誠の讒言により冤罪で処刑され、安史の乱悪化の一因となった悲劇の武将として知られる。
033.武将

高仙芝|唐の版図を最大に広げた常勝将軍の悲劇の最期

高仙芝(こうせんし)は唐玄宗に仕え、西域遠征で数々の勝利を収めた名将。小勃律戦の奇跡的な渡河や中央アジア制圧で唐の版図を最大に広げた。一方で宦官・辺令誠の讒言により冤罪で処刑され、安史の乱悪化の一因ともなった悲劇の英雄として知られる。
035.宦官

辺令誠|唐軍の名将を死に追いやった“安史の乱の悪化要因”

辺令誠(へんれいせい)は唐玄宗に重用された宦官で、監軍として高仙芝・封常清を讒言し処刑させた専横宦官。名将喪失は唐軍の弱体化を招き、安史の乱悪化の一因となった。乱後は長安で治安維持にあたるも安禄山側に降伏し、粛宗により斬刑に処された。
035.宦官

高力士|唐玄宗の最側近として栄華を極め忠義を尽くした宦官

高力士(こうりきし)は唐玄宗の即位前から最側近として仕え、開元の治を支えた宦官。安史の乱では玄宗に最後まで同行し、禁軍反乱の収拾のため楊貴妃を縊死させた。乱後は宦官・李輔国により流罪となり、762年に広州で病死した。忠義と権勢を併せ持つ唐代最大の宦官として知られる。